日々の神の御言葉: 神の三段階の働き | 抜粋 10
三つの段階の働きは一人の神によってなされ、そしてこれは最も偉大なビジョンであり、神を認識するための唯一の道である。三つの段階の働きは、神自身にしかできなかったことであり、誰も神の代わりにできることではなく、要するに、初めから今日まで神自身の働きは神にしかできないのである。神…
最初に試練にあったヨブは彼の財産と子ども達を失ったが、ヨブはそれによって躓くことも神に対して言葉で罪を犯すこともなかった。ヨブはサタンの誘惑に勝利し、物質的財産と子孫に勝利し、世的な財産を失うという試練に勝利した。それはつまり、ヨブは神が彼から取ることに従い、そのことに感謝し、神を讃美することができたということである。それがサタンの最初の誘惑に対するヨブの振る舞いであり、それはまた、神の最初の試練におけるヨブの証しでもある。2度目の試練では、サタンはその手を伸ばしてヨブを苦しめた。ヨブは経験したことのない痛みに苦しむが、それでもヨブの証しは人々を驚かせるほどのものだった。ヨブはその不屈の精神、強い信念、神への従順、そして神への畏れにより、再びサタンに勝利した。ヨブの態度と証しはまたしても神に認められ、喜ばれた。この試練の間、ヨブはサタンに対し、肉の痛みが神への信仰と従順を揺るがすことはなく、神に対する献身と畏れを奪うことはできないということをその態度により表明している。彼は死に直面したからといって、神を放棄したり、自身の完全さと正しさを捨てたりはしない。ヨブの決意はサタンを弱腰にし、ヨブの信仰はサタンを怯えさせ震えさせた。サタンとの生死をかけた戦いにより、サタンの中の強い憎しみと恨みが膨らみ、ヨブの完全さと義の前にサタンは為す術もなく、ヨブへの攻撃を止め、ヤーウェ神の前でヨブを告発することを諦めたのである。これが意味するところは、ヨブが世に打ち勝ち、肉に打ち勝ち、サタンに打ち勝ち、そして死に勝ったということである。ヨブは正に、完全に神に属する人であった。この2度の試みの間、ヨブは自らの証に固く立ち、その完全さと正しさを生き通し、神を畏れ悪を避けるという生きる上での原則の適用範囲を広げた。ふたつの試練を通ったヨブは更に経験豊かになり、成熟し、鍛えられた。ヨブはそれまで以上に強くなり、更に強い確認に立ち、自身が手放さずに来た義と誠実さは更に確固たるものとなった。ヤーウェ神によるヨブへの試練はヨブに神の人間への配慮に対する深い理解と実感を与え、神の愛の尊さを理解させた。その結果ヨブは、神に対する畏れに加えて、思いやりと愛を持つようになったのである。ヤーウェ神による試みは、ヨブをヤーウェ神から遠ざけなかったばかりか、ヨブの心を神に近づけた。ヨブの肉の痛みが頂点に達した時、ヤーウェ神のヨブに対する労りを感じたヨブは、自分の生まれた日を呪うしかなかった。ヨブのこのような振る舞いは長期計画によるものではなく、神への配慮と愛の自然な表現であり、神への配慮と愛によるものである。つまり、ヨブは自身を嫌ったため、神を苦しめることを望まず、神を苦しめることに耐えられなかった。ゆえに、ヨブの配慮と愛は無私のレベルに達したのである。この時ヨブの長年の神への愛と神を切望する思い、そして献身の思いは、配慮と愛というレベルへ引き上げられたのである。同時に、ヨブの信仰と従順、そして神への畏れも、配慮と愛というレベルへ引き上げられた。ヨブは神にとって痛みの原因になり得ることは一切せず、神を傷つけることは一切せず、神にとって悲しみ、嘆き、さらには不幸の原因とはなるまいとした。神の目には以前と同じヨブであったが、ヨブの信仰、従順、神への畏れは神にとって満足するもので、喜びとなった。この時、神がヨブに対して期待した完全性をヨブは獲得し、神の目から見て、「完全であり義である」と呼ばれるに相応しい者となった。ヨブの義なる行いによりサタンに勝利し、神の証しに堅く立つものとなった。そうしてヨブの義の行いは彼を完全にし、完璧にし、いのちの価値を引き上げさせ、これまでにはなかった高みに登らせ、二度とサタンによる攻撃や誘惑を受けない最初の人物とさせた。ヨブはその義の故にサタンに責められ、誘惑された。義の故に、サタンに渡された。そして義の故に、サタンに勝利し、サタンを打ち倒し、堅く証しに立った。そのようにして、ヨブは二度とサタンの手に渡されることのない最初の人となり、真に神の座の前に出た。そして神の祝福の中で、サタンの監視も破滅もなく、神の目には真の人となった――自由になったのだ。
『神を知ることについて』「神の働き、神の性質、そして神自身 2」(『言葉』第2巻)より
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