日々の神の御言葉: 終わりの日における裁き | 抜粋 92
あなたがたに行われる征服の働きはもっとも意義深い。ある見方では、この働きの目的は一つの集団を完全にすることである。つまり、この人たちを完全にすることであり、彼らは完全にされた最初の一群、言わば初穂として勝利者の集団となる。別の見方では、それは被造物に神の愛を享受させ、神の完全で最…
第一の手段は支配と威圧です。つまり、サタンはあなたの心を支配するために、あらゆることを行ないます。「威圧」とは何ですか。(強要することです。)サタンは、脅迫して従わなかった場合の結末を考慮させ、強制的に言うことを聞かせようとします。あなたは恐れて、逆らうような真似はせず、サタンに服従します。
第二の手段は騙しとごまかしです。「騙しとごまかし」には何が伴いますか。サタンはでっち上げた伝説や嘘で人を騙して人にサタンを信じさせます。サタンは人間が神に造られたとは決して言いませんが、人間は神に造られたのではないとも直接的に言いません。サタンは「神」という言葉を全く用いず、あなたを惑わすために言い換えの言葉を用いるので、あなたは神の存在については基本的に何も知りません。このごまかしには当然、これ以外にも様々な側面があります。
第三の手段は強制的な教化です。強制的な教化がありますか。(はい。)何についての強制的教化ですか。強制的な教化は、人間自身の選択により行なわれますか。人間の同意のもとで行われますか。(いいえ。)人間が同意しなくても無関係です。あなたの無意識のうちに行われ、サタンの思想や生活法則、本質があなたに吹き込まれます。
第四の手段は脅迫と誘惑です。つまり、サタンは、あなたにサタンを受け入れさせ、あなたをサタンに付き従わせ、サタンのために行動させるために、様々な手段を用います。サタンは、目標達成のために必要とあらば、手段を選びません。サタンはあなたに僅かに恩恵を施すことがあるが、あなたを誘惑して罪を犯させます。あなたがサタンに従わなかった場合、サタンはあなたを苦しめ、あなたに罰を与え、あなたを攻撃して罠にかけるために様々な手段を用います。
第五の手段は惑わしと麻痺です。「惑わしと麻痺」とは、サタンが、人間を騙すことが本当の目的なのに、あたかもサタンが人間の肉や生活、将来を考慮しているように考えられるよう、人間の考え方と合致するような甘い言葉や思想をでっち上げることです。サタンはそうして人間を麻痺させるので、人間は善悪の判断がつかなくなり、人間は知らないうちに騙され、サタンに支配されてしまうのです。
第六の手段は、心身の破壊です。サタンは人間の何を破壊しますか。(精神など人間のすべてです。)サタンは人間の精神を破壊し、あなたを無力にして反抗させないようにします。つまり、あなたの心は、自分の意思に反してとてもゆっくりサタンへ向いてゆきます。サタンは、これらの考えや文化などを用いて、これらの事柄を日常的に人間に吹き込み、人間に影響を及ぼし、教化し、極めてゆっくりと人間の意志を滅ぼし、もはや善人になりたくないと考えさせ、人間が義と呼ぶものを堅持する意志をくじきます。知らないうちに、人間は流れに逆らって上流へと進む意志の力を失い、下流に流されていきます。「破壊」とは、サタンが人間を苦しめるあまり、人間でも幽霊でも無いほどの状態にした上で、その機会に人間を食い尽くすことです。
サタンが人間を堕落させるこれらの手段は、どれもが人間を無力にして反抗できない状態に陥れることが可能です。どれもが人間にとって致命的なものです。つまり、サタンの行動とサタンが用いる手段は、すべてあなたを堕落させ、人間をサタンの支配下に陥れ、あなたを罪悪の泥沼に陥れることができます。以上が、サタンが人間を堕落させるために用いる手段です。
『神を知ることについて』「唯一無二の神自身 6」(『言葉』第2巻)より
信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
あなたがたに行われる征服の働きはもっとも意義深い。ある見方では、この働きの目的は一つの集団を完全にすることである。つまり、この人たちを完全にすることであり、彼らは完全にされた最初の一群、言わば初穂として勝利者の集団となる。別の見方では、それは被造物に神の愛を享受させ、神の完全で最…
全宇宙、そしてその上の世界において最も偉大である神は、肉体の姿を用いて自分自身を完全に説明することができるだろうか。神がその肉体をまとうのは、自身の働きの一段階を行なうためである。その肉体の姿には特に何の重要性もなければ、時代の推移とも無関係であり、神の性質とも関係がない。なぜイ…
人の間で行う神の働きは人に隠されておらず、神を崇拝するすべての人に認識されるべきである。神は、人の間で人を救う三つの段階の働きを行ったのだから、人は、これらの三つの段階の働きの中で表現されている神が持つもの、また神であるものを認識すべきである。これは人がすべきことである。神…
六千年にわたるわたしの経営(救いの)計画全体は、三つの段階、あるいは時代から成る。まず律法の時代、次に恵みの時代(贖いの時代でもある)、そして最後に神の国の時代である。これら三つの時代におけるわたしの働きは、各時代の性質によって異なるが、それぞれの段階で人の必要性に対応している、…