日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 73
主イエスの喩え 種まきの喩え(マタイによる福音書 13:1-9) 毒麦の喩え(マタイによる福音書 13:24-30) からし種の喩え(マタイによる福音書 13:31-32) パン種(マタイによる福音書 13:33) 毒麦の喩えの説明(マタイによる福音書 13:36-43) 宝の喩…
五番目は何でしょうか。これは一人ひとりの日常生活と密接に関係するものです。それと人間生活との関係はあまりに密接で、それなしでは、この物質世界で人間の身体が生きてゆくことはできないほどです。それは気流です。「気流」は、おそらくすべての人が理解する言葉です。では、気流とは何ですか。空気の流れは「気流」と呼ばれる、と言えるでしょう。気流とは、人間の目に見えない風です。またそれは、気体の運動形態のひとつでもあります。しかし、わたしたちがここでおもに話し合っている気流とは、何ですか。わたしが言えば、あなたがたはすぐに分かります。地球は回りつつ、山や海や万物を抱えており、地球が回るとき、速度があります。あなたが回転を感じなくても、地球は確かに回転しています。この回転は何を生じさせますか。あなたが走るとき、風が起きて耳の後ろへ吹き去りませんか。人間が走ると風が発生するのが可能なら、地球が回転した時に風が発生しないということがどうして有り得るでしょうか。地球が回転する時、万物は運動しています。運動し、一定の速度で回転していますが、それと同時に地上の万物はまた継続的に繁殖し、発展しています。したがって、一定速度で移動すると、当然気流が発生します。これが気流です。この気流は人体に何らかの影響を及ぼすでしょうか。台風を考えてみましょう。通常の台風はそれほど強力ではありませんが、台風に見舞われると、人間はしっかり立つことすらできず、風の中を歩くのは困難です。一歩進むのさえ難しいのです。あまりに強くて人が風で何かに押し付けられ動くことができなくなることがあります。これは、気流が人類に影響を与える形態のひとつです。もし地球全体が平野であったならば、ある程度の速度で地球の回転と万物の動きで発生する気流に人体が耐えるのは極めて困難となるでしょう。それに対処するのは、極めて困難です。そうであれば、この気流は人類に危害を及ぼすだけでなく、破壊してしまいます。このような環境では、誰も生存できないでしょう。そうしたわけで、神は様々な地理的環境を創ることで、こうした気流を解消しました。こうして様々な環境において気流はますます弱くなり、その方向や速度、威力が変わるのです。山、山脈、平野、丘陵、盆地、峡谷、高原、川などの様々な地理的環境が見られるのは、そのためです。神はこうした様々な地理的環境を適用して気流の速度、方向、威力を変化させ、このような方法を用いて気流を適切な風速、風向、風力へと縮小あるいは操作するので、人間は通常の生活環境を得ることができます。そうすることは必要ですか。(はい。)こうしたことを行うのは、人間にとって困難に思われますが、神にとっては容易です。なぜなら神は万物を監督しているからです。神にとって、人類に適した気流のある環境を創ることは極めて単純かつ容易です。したがって、神が創ったこのような環境において、万物のそれぞれひとつひとつが不可欠なのです。それらのすべてその存在に価値と必要性があります。しかし、サタンと堕落した人類は、こうした思想を理解しません。彼らは破壊と開発を続け、むやみに山々を平野へと換え、峡谷を埋め立て、平野に高層ビルを建て、コンクリートジャングルを造り出します。神が人間のために用意した人間に最適な環境において、人間が幸福に暮らし、幸福に成長し、幸福な毎日を送れることが神の望みです。人類の生活環境を扱うことに関して、神が不注意であったことが決してないのはこのためです。人類の生活環境と身体が自然条件に起因する障害の影響を一切受けず、人類が正常に生活し、繁殖し、万物と調和して共に正常に生活できるように、神は気温から空気、音、光にいたるまで、精緻な計画を立て、精緻な采配を行なってきました。これらはすべて神により万物と人類に与えられています。
『神を知ることについて』「唯一無二の神自身 8」(『言葉』第2巻)より
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神は人間に多くを託し、無数の方法で人間の入りについて述べてきた。しかし、人々の素質が極めて乏しいため、神の言葉の多くは根づかなかった。人間の素質が乏しいことには様々な理由がある。たとえば、人間の思考や道徳の堕落、適切な養育の欠如、人の心を強く支配する封建的迷信、人間の心の奥底に多…
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信仰において人が求めるのは、自分に適切な終着点と、自分に必要なあらゆる恵みを神が与えるようにさせ、神を召使にし、神に自分との平和で友好的な関係を維持させ、いかなるときも両者の間に決して対立がないようにさせることである。すなわち、聖書で読んだ「わたしはあなたがたのすべての祈りに耳…