日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 501

2021年12月10日

真理を実践すればするほど、より多くの真理が自分のものになる。真理を実践すればするほど、神の愛がますます自分のものになる。そして真理を実践すればするほど、神の祝福をさらに受ける。いつでもこのように実践するなら、ペテロが神を知るに至ったのと同じく、あなたに対する神の愛のおかげで、あなたは徐々に見えるようになる。ペテロは、神には天地と万物を創造する知恵があるだけでなく、それ以上に、人々の中で実際的な働きを行う知恵があると言った。神が人々の愛にふさわしいのは、天地と万物を創造したからだけではなく、それにもまして、人間を創り、人間を救い、人間を完全にし、人間に愛を授ける力があるからだと述べたのである。ゆえにペテロは、神には人間の愛にふさわしい点が数多くあるとも言うのである。ペテロはイエスにこう言った。「あなたが人々の愛を受けるにふさわしいのは、天地と万物をお創りになったのが唯一の理由ですか。あなたには愛されるにふさわしい点がもっとあります。あなたは現実の生活の中で働き、動いておられます。あなたの御霊はわたしの内に触れ、わたしを懲らしめ、わたしを咎められます。こうしたことはずっと、人々の愛によりふさわしいのではありませんか」。神の愛を見て経験したいと望むのであれば、それを現実の生活の中で探し求め、進んで自分の肉を捨てなければならない。あなたはこの決意をしなければならないのである。決意をもち、万事において神を満足させることができ、怠ることなく、肉の喜びに貪欲にならず、肉のためではなく神のために生きられる人にならなければならない。神の旨を満たせないときもあるだろう。それは神の旨を理解していないからである。次はもっと努力する必要があったとしても、あなたは神を満足させなければならないのであって、肉を満足させてはならない。このようにして経験していくと、あなたは神を知るようになる。神が天地と万物を創造できることを知り、また人々が実際に神を目の当たりにし、神と関われるよう、神が肉となったことを知るのである。そして、神が人々の間を歩けること、神の霊が現実の生活の中で人々を完全にし、人々が神のすばらしさを目の当たりにし、その鍛え、懲らしめ、祝福を経験できるようにすることがわかるのである。絶えずこのような経験をしていれば、現実の生活において神と離れ難くなり、いつの日か、神との関係が正常のものでなくなっても、叱責を受けて後悔を覚えられるようになる。神と正常な関係にあるときは、決して神と離れようと思わず、ある日、神が去ると言うことがあれば、あなたは恐れ、神と離れるくらいなら死んだほうがましだと言うだろう。そうした感情を抱くとすぐ、あなたは神から離れられないと感じ、そうして基礎ができ、真に神の愛を享受できる。

『言葉は肉において現れる』より引用

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