日々の神の御言葉: 受肉 | 抜粋 131
全宇宙、そしてその上の世界において最も偉大である神は、肉体の姿を用いて自分自身を完全に説明することができるだろうか。神がその肉体をまとうのは、自身の働きの一段階を行なうためである。その肉体の姿には特に何の重要性もなければ、時代の推移とも無関係であり、神の性質とも関係がない。なぜイ…
霊界では、様々な生物が誤ったことをしたり、自分の仕事を正しく行わなかったりした場合、神はそれに対応する天の法令と命令でもってそれらを取り扱います。これは絶対的なことです。したがって、神の数千年にわたる経営の働きの期間においては、過ちを犯した担当官の一部は一掃され、一部は今日に至るまで拘留されて懲罰を受けています。これは、霊界にいるあらゆるものが直面しなければならないことです。何か間違ったことをしたり悪事を犯したりした場合、その人は罰せられますが、それは神の選民や効力者に対する神の姿勢と同じです。ゆえに、霊界か物質世界かを問わず、神が業を行う原則は変わりません。あなたが神の業を見られるかどうかにかかわらず、その原則が変わることはないのです。あらゆるものに対する神の姿勢、および万物に対する神の処遇には、一貫して同じ原則があります。これは不変です。未信者のうち比較的真面目に生活している人に対し、神は親切であり、また各宗教の信者のうち、行いが正しく悪事を犯さない人の機会を神は守り、神が経営しているすべての物事において役割を担うこと、そしてなすべきことをなすことを許しています。同様に、神に付き従う人、そして神の選民についても、神は自身の原則に従い、誰一人として差別しません。神は心から神に従えるすべての人に対して親切であり、またそのような人を愛します。未信者、様々な宗教の信者、そして神の選民など、様々な種類の人々について、神が授ける物事は異なるということなのです。未信者を例にとりましょう。未信者は神を信じておらず、神はこうした者を獣と見なしていますが、彼らの一人ひとりに食べるべき食糧、自分の居場所、そして通常の生死の周期があります。悪事を行う人は罰せられ、善い行いをする人は祝福されて神に親切にされます。そうではありませんか。信仰のある人について言えば、生まれ変わるたびに宗教上の教えを厳しく守れるなら、それら生まれ変わりのあと、最終的に神から宣言が与えられます。同様に、今日のあなたがたについても、神の選民であろうと効力者であろうと、神は自ら定めた規則と行政命令にしたがい、あなたがたをそれと同調させるとともに、あなたがたの結末を決めます。様々な種類の人のうち、各種の宗教の信者、つまり様々な宗教に属する人たちに対し、神は生きるべき空間を与えてきましたか。ユダヤ教徒はどこにいますか。神が彼らの信仰に介入したことはありますか。ありませんね。では、クリスチャンはどうですか。神はこちらにも介入したことがありません。これらの人々がそれぞれの手続きに従うことを神は許し、彼らに語りかけたことも、何らかの啓きを与えたこともなく、さらには何一つ明らかにしたこともありません。それが正しいと思うなら、そのように信じなさい。カトリック教徒はマリアを信仰し、マリアを通してイエスに知らせが伝えられたと信じています。それがカトリック教徒の信仰の形です。神が彼らの信仰を正したことはありますか。神は彼らの自由にさせ、彼らに注意を払わず、一定の生活空間を与えています。イスラム教徒や仏教徒に対しても、神は同じではないですか。ここでも神はそれぞれの信仰に口出しせず、彼らのために境界を設け、各々の生活空間をもつことを許しています。すべてが整然としているのです。では、これらのことから何がわかりますか。神には権威があるが、それを濫用することはない、ということがわかります。神は完全なる秩序の中で万物を采配し、秩序正しくそれを実行しますが、そこには神の知恵と全能があるのです。
『神を知ることについて』「唯一無二の神自身 10」(『言葉』第2巻)より
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全宇宙、そしてその上の世界において最も偉大である神は、肉体の姿を用いて自分自身を完全に説明することができるだろうか。神がその肉体をまとうのは、自身の働きの一段階を行なうためである。その肉体の姿には特に何の重要性もなければ、時代の推移とも無関係であり、神の性質とも関係がない。なぜイ…
人類を経営する働きは三つの段階に分けられるが、それは人類を救う働きが三つの段階に分けられることを意味している。これら三つの段階には、天地創造の働きは含まれず、むしろ、律法の時代、恵みの時代、そして神の国の時代の三つの段階の働きのことである。天地創造の働きは、人類全体を作り出す…
地上にいるとき、わたしは人々の心の中において実際の神自身である。天では、わたしはあらゆる被造物の主である。わたしは山々に登り、川瀬を渡り、また、人間たちの間をふらりと訪れては去った。誰が実際の神である者に公然と敵対するだろう。誰が全能者の支配から独立できよう。誰がみじんの疑いもな…
神の働きの最中に逃げ出す人に対する神の態度 いたる所で見受けられる、ある種の人がいます。神の道について確信した後、様々な理由から黙って挨拶もせずに立ち去り、心が望むように行動します。立ち去る理由については、今は話をしません。まず、このような人への神の態度について話します。それは極…