日々の神の御言葉: 聖書にまつわる奥義 | 抜粋 275
聖書はイスラエルにおける神の働きの歴史記録であり、古代の預言者たちによる預言の多くと、ヤーウェが当時働きを行なう中で発した言葉の一部が記載されている。それゆえ、人々はこの本を神聖なものとして尊ぶ(神は聖く、偉大であるから)。もちろん、これはみな、ヤーウェに対する人々の畏敬と、神に…
終わりの日における神の働きが行われるのは、これまでわたしが何度も述べてきたように、大いなる傷を受けた人間の心が一新されるように各人の霊を変化させ、魂を変化させるためであり、それより邪悪に深く傷ついた人間の霊を救うためである。それは人間の魂を目覚めさせ、凍えた心を温め、それらが活力を取り戻せるようにするためである。これが神の偉大な心意である。人間のいのちと経験がどれほど高尚で深淵かといった話はさておき、人間の心が目覚め、夢から醒めて、赤い大きな竜が与えた傷を十分に理解した時、神の職分の働きは完了している。神の働きが完了する日は、神を信じる正しい道へと、人間が正式に足を踏み出す日でもある。その時、神の職分は終わりを迎えている。肉にある神の働きはあますところなく完了し、人間は正式に尽くすべき本分にとりかかる。つまり、人間としての務めを行うのである。これが神の働きの諸過程である。ゆえに、このような事の認識を基礎として、あなたがたは自分が入っていく道を模索するべきである。これらはすべて、あなたがたが理解すべきことである。人間の入りは、心の深部で変化がない限り向上しない。なぜなら、神の働きは、贖われた人間、いまだ闇の力の下で生き、目覚めていない人間を、この悪魔の集会場から完全に救うことだからである。それにより、人間が数千年の罪から解放されて神に愛され、赤い大きな竜を完全に打ち倒して神の国を建て、早く神の心を安らげるようにである。また、あなたがたの胸を満たしている憎しみを遠慮することなくぶちまけ、かび臭い菌を根絶し、牛や馬同然の生活から脱出し、もはや奴隷ではなく、赤い大きな竜に意のままに踏みつけられたり支配されたりすることがなくなるためである。もはやあなたがたは、この失敗した民族のものではなく、凶悪な赤い大きな竜に属さず、赤い大きな竜に奴隷とされることはない。この悪魔の巣窟は確実に神により粉砕され、あなたがたは神の傍らに立つ。あなたがたは神に属すのであり、この奴隷の帝国には属さない。神はこの暗黒社会を久しく骨の髄から忌み嫌っている。神は歯ぎしりし、この邪悪な憎悪すべき老いたへびが再び立ち上がって人間を虐待しないように、へびを踏みつけたがっている。神はへびの過去の行いを許さず、へびが人間を騙すことを容赦せず、へびの遠い昔からの罪のひとつひとつに報復する。神がその諸悪の首謀者を取り逃がすことは決してなく、へびを完全に破滅させる。
『神の出現と働き』「働きと入ること(8)」(『言葉』第1巻)より
信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
聖書はイスラエルにおける神の働きの歴史記録であり、古代の預言者たちによる預言の多くと、ヤーウェが当時働きを行なう中で発した言葉の一部が記載されている。それゆえ、人々はこの本を神聖なものとして尊ぶ(神は聖く、偉大であるから)。もちろん、これはみな、ヤーウェに対する人々の畏敬と、神に…
神が行う働きは、神の肉の経験を表すのではない。人が行う働きは人の経験を表す。誰もが自分の個人的経験について話す。神は直接真理を表すことができる一方、人は真理を経験したことに対応する経験を表せるだけである。神の働きに規則はなく、時間や地理的制約に支配されない。神はいつでも、どこでも…
イエスの受肉という真実が明るみにでて初めて人は、天の父がいるだけではなく、子とさらには霊がいるということに気づいた。これが、天には父と子と聖霊のすべてを一つにした三位一体の神がいるという、人の抱いている従来の観念である。すべての人間が次のような観念を持っている。神は一人だが、三つ…
今日、多くの人は、他の人々と協調していくにあたり学ぶべき教訓は何であるかということに注意を払っていない。わたしはあなたがたの多くが、他の人々と協調していく上で何の教訓も学ぶことができず、大半の人は自分の意見に固執していることに気づいた。教会で働くとき、あなたは自分の意見を言い…