日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 394
人が神に信仰を持つ上での最大の過ちは彼の信仰が言葉だけであり、実生活の中に全く神が存在していないということである。確かに、人は神の存在を信じているが、神は人の日常生活の一部ではない。人の口からは神への多くの祈りが聞かれるが、人の心には神が存在する場所はほとんどなく、神は幾度も人を…
現在、わたしは中国における神の選民の中で働きを行ない、彼らの反抗的性質をすべて明らかにし、彼らの醜さのすべてを暴く。これが、わたしが言うべきことすべての背景となる。後にわたしが全宇宙を征服する次の段階の働きを行うとき、あなたがたへの裁きを用いて全宇宙のあらゆる人の不義を裁く。なぜなら、あなたがたは人類の中の反抗的な者たちの代表だからである。向上できなければ、単なる引き立て役、仕える者となるが、一方、向上できるならば用いられる。なぜわたしは向上できなければ引き立て役にしかなれないと言うのか。それは、わたしの現在の言葉と働きはみな、あなたがたの背景を標的にしており、また、あなたがたが全人類の反抗的な者たちの代表、典型となったからである。後にわたしは、あなたがたを征服するこれらの言葉を外国に伝え、そこの人を征服するために用いる。しかしその時、あなたはそれらを獲得していないであろう。それではあなたは引き立て役になるのではないか。全人類の堕落した性質、人間の反抗的行為、人間の醜い姿と顔はみな、あなたがたを征服するために用いられる言葉の中に記録されている。わたしは、これらの言葉を用いて、あらゆる国と教派の人々を征服する。なぜならあなたがたは原型であり先例だからである。しかし、わたしは意図的にあなたがたを最初から捨てようとして始めたのではない。もしあなたがたの追求がうまく行かず、したがって、あなたがたが救いようのない者であることを証明するならば、あなたがたはただの道具、引き立て役になるのではないのか。かつてわたしは、わたしの知恵はサタンの計略に基づいて実行されると言った。なぜそう言ったのか。それは、わたしが今言っていること、行っていることの背後にある真実ではないのか。もしあなたが向上することができず、完全にされるのではなく、むしろ罰されるのなら、引き立て役になるのではないのか。あなたは時に応じて充分に苦しんだかもしれない。しかし今なお、あなたは何も解かっていない。あなたはいのちに関連するあらゆることについて無知である。罰せられ裁かれたにもかかわらず、まったく変わらず、あなたの奥底ではまだいのちを獲得していない。あなたの働きを試す時が来ると、あなたは火のように激しい試練と、さらに大きな患難を体験する。この火はあなたの全存在を灰にする。いのちを持たない者として、内に一かけらの純金も持たない者として、いまだに古い堕落した性質から抜け出せない者として、引き立て役としてでさえ良い仕事ができない者として、どうしてあなたが取り除かれないことなどありえようか。一文の価値もなく、いのちを持たない者のために、征服の働きが何の役に立つのか。その時が来ると、あなたがたの日々はノアやソドムよりも困難になる。その時あなたの祈りは何の役にもたたない。救いの働きがすでに終わっているのに、どうして後で戻ってきて最初から悔い改めることができるというのか。一度すべての救いの働きが完了すれば、それで終わりである。その時には、邪悪な者たちを罰する働きが開始される。あなたは抵抗し、逆らい、自分で悪だと分かっていることをする。あなたは厳しい罰の対象ではないのか。わたしは、あなたのためにこのことを今日、一字一句説明している。あなたが耳を傾けないのなら、後に患難があなたに臨む時にやっと後悔し、信じ始めたところで、それはもう遅過ぎるのではないのか。わたしは今日、あなたに悔い改める機会を与えているが、あなたはそのつもりはない。あとどれほど待つつもりなのか。刑罰の日までか。わたしは今日、あなたの過去の背きを憶えてはいない。わたしはあなたを幾度も幾度も赦し、あなたの消極的な面から目をそらし、あなたの積極的な面だけに目を留める。なぜなら、わたしの現在の言葉と働きはすべて、あなたを救うためであり、わたしはあなたに対して何の悪意もないからである。それでもあなたは入ることを拒む。あなたは善悪を区別することができず、優しさの価値を認識できない。このような人は懲罰と義なる報復をただ待っているのではないのか。
『神の出現と働き』「征服の働きの内幕(1)」(『言葉』第1巻)より
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