日々の神の御言葉: 神の性質、および神が所有するものと神そのもの | 抜粋 232
わたしは義であり、誠実であり、人の心の奥底を探る神である。わたしは誰が正しく誰が不正かをただちに暴く。恐れることはない、すべてはわたしの時に従って行われる。わたしを心から求めているのは誰か、そしてそうでないのは誰かを、一人一人教えよう。あなたがたがわたしの前に来るときは、ただ注意…
受肉した神をキリストと呼ぶ。キリストは神の霊をまとった肉である。この肉はどのような肉の人間とも異なっている。キリストは肉と血でできているのではなく、神の霊が肉となったものだからである。キリストは普通の人間性と完全なる神性の両方を持っている。キリストの神性はどのような人も持っていないものである。キリストの普通の人間性は肉的な活動のすべてを支え、キリストの神性は神自身の働きを遂行する。キリストの人間性であれ、神性であれ、どちらも父なる神の心に従うものである。キリストの本質は霊、すなわち神性である。ゆえに、その本質は神自身のものである。この本質は神自身の働きを妨げることはなく、キリストが神自身の働きを破壊するようなことは決してありえず、神の心に逆らう言葉を語ることも決してない。ゆえに、受肉した神は神自身の経営(救い)を妨げるような働きは絶対に行わない。このことをすべての人が理解すべきである。聖霊の働きの本質は人を救うことであり、また神自身の経営のためである。同様に、キリストの働きは人を救い、神の心を達成するためのものである。神が肉となったので、キリストは自身の肉のうちにある本質を知っており、よってキリストの肉は神の働きを引き受けるに充分である。神の霊のなすすべての働きは受肉の期間にキリストがなす働きに取って代わられる。受肉の期間を通してすべての働きの核心にあるのはキリストの働きである。それはほかのどの時代の働きとも混同することはできない。そして神が肉となるのであるから、神は肉としての働きをする。神は肉の形をとって来るので、自身のなすべき業を肉となったままで成し遂げる。神の霊であれ、キリストであれ、どちらも神自身であり、神はなすべき働きをし、果たすべき宣教の働きをする。
『神の出現と働き』「キリストの本質は父なる神の旨への従順さである」(『言葉』第1巻)より
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わたしは義であり、誠実であり、人の心の奥底を探る神である。わたしは誰が正しく誰が不正かをただちに暴く。恐れることはない、すべてはわたしの時に従って行われる。わたしを心から求めているのは誰か、そしてそうでないのは誰かを、一人一人教えよう。あなたがたがわたしの前に来るときは、ただ注意…
終わりの日のキリストはいのちをもたらし、変わることなく永遠に続く真理の道をもたらす。この真理を通して人はいのちを得ることができ、この真理を通してのみ、人が神を知り神に良しと認めてもらうことができる。あなたが終わりの日にキリストが与えるいのちの道を求めないのなら、あなたは決してイエ…
聖霊が人の中で働く第一歩は、まず何より人間の心を人々や出来事や物事から引き離して神の言葉へ導き入れ、神の言葉には疑いの余地が一切なく完全に真実であることを、人が心の中で信じるようにすることである。神を信じているのであれば、神の言葉を信じなければならない。長年にわたり神を信じてき…
あなたがたの信仰はとても美しい。あなたがたは喜んで自分の一生をわたしの働きのために費やし、自分の生命をそのために捧げると言う。しかし、あなたがたの性質はあまり変わっていない。実際の振る舞いは惨めそのものなのに、あなたがたはただ傲慢に語る。まるで、人の舌と唇は天国にあるが、足は遥か…