日々の神の御言葉: 受肉 | 抜粋 104
なぜわたしは、受肉の意味がイエスの働きで完了しなかったと言うのであろうか。それは、ことばが完全に肉の体にならなかったからである。イエスがしたことは、神の肉の体での働きの一部分だけであった。イエスは贖いの働きだけを行い、完全に人間を得る働きはしなかった。そのため、神は終わりの日に再…
わたしは悪を行う者、権力を振るう者、そして神の子らを迫害する者たちを、罰する行動を開始した。これからは誰であれ、心の中でわたしに逆らう者には、必ずわたしの行政命令の手が下るだろう。このことを知りなさい。これはわたしの裁きの始まりであり、誰かに慈悲が示されることも、誰かが容赦されることも一切ない。わたしは義を実践する公平な神だからだ。このことは皆が認識しておいたほうがよい。
わたしは悪を行う者を罰したいわけではない。それはむしろ、彼らが自身の悪行によって自らにもたらした報いなのだ。わたしは誰をも急いで罰することはせず、誰をも不当に扱うことはなく、すべての者に対して義である。わたしはわたしの子らを間違いなく愛し、わたしに反抗する悪人たちを間違いなく憎む。これがわたしの行動の背後にある原則である。あなたがた一人一人が、わたしの行政命令について何らかの識見を得なければならない。そうでないと、わずかな恐れも持たず、わたしの前で不注意に行動することになる。さらに、わたしが何を完全にしたいのか、何を成し遂げたいのか、何を得たいのか、またわたしの国がどんな人間を必要としているのかも理解できないことだろう。
わたしの行政命令は次のとおりである。
1. 誰であれ、心の中でわたしに逆らう者は裁かれる。
2. わたしに選ばれた者たちは、間違った考えを持つとただちに懲らしめられる。
3. わたしを信じない者は、脇へ置いておき、最後の最後まで不注意に話し行動させておく。そして最終的に、徹底的に罰し懲らしめることになる。
4. わたしはいかなる時も、わたしを信じる者を守り世話する。そしていかなる時も、救いを通して彼らにいのちを与える。その人々はわたしの愛を得ることになり、決して躓いたり、道を見失ったりすることはない。彼らの持つどんな弱さもただ一時的なものとなり、わたしは決してそれらを思い出さない。
5. 信じているように見えても本当は信じてない者たち、すなわち神がいることは信じているがキリストを求めはせず、かといって抵抗もしない者たちは、最も惨めな種類の人々である。わたしは自らの業を通して、彼らにはっきりと理解させる。そのような人々はわたしの行為を通して救い、取り戻すことになる。
6. 長子たち、すなわちわたしの名を最初に受け入れた者たちは、祝福されることになる。あなたがたには必ずや最高の祝福を授け、それを心ゆくまで楽しめるようにしよう。誰一人それを妨げることはないだろう。これはすべて、あなたがたのために完全に用意されている。これがわたしの行政命令だからだ。
『神の出現と働き』「キリストの初めの言葉、第五十六章」(『言葉』第1巻)より
信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
なぜわたしは、受肉の意味がイエスの働きで完了しなかったと言うのであろうか。それは、ことばが完全に肉の体にならなかったからである。イエスがしたことは、神の肉の体での働きの一部分だけであった。イエスは贖いの働きだけを行い、完全に人間を得る働きはしなかった。そのため、神は終わりの日に再…
サタンに深く堕落させられた人類は、神なるものが存在することを知らず、神を礼拝することをやめてしまった。初めに、アダムとエバが創造された時、ヤーウェの栄光と証しは常に存在していた。しかし、人間は堕落させられた後、その栄光と証しを失った。なぜなら、誰もが神に反抗し、神を畏れ敬う…
わたしの言葉がすべて終わった後、わたしの国は徐々に地に形を現し、人間は次第に正常に戻り、そうして、地上にわたしの心の国が築かれる。その国では、神の民全員が正常な人間の生活を取り戻す。凍える冬は去り、春の訪れた町々の世界となり、一年中春が続く。もはや人々は暗く惨めな人間世界に臨まな…
今日、多くの人は、他の人々と協調していくにあたり学ぶべき教訓は何であるかということに注意を払っていない。わたしはあなたがたの多くが、他の人々と協調していく上で何の教訓も学ぶことができず、大半の人は自分の意見に固執していることに気づいた。教会で働くとき、あなたは自分の意見を言い…