日々の神の御言葉: 受肉 | 抜粋 128
神は人々の間で自らの働きをするため、人に自らを顕すため、そして人が神を見上げることができるようになるため、地上に来た。これはささいなことだろうか。これは実に素晴らしいことだ。神が来たのは人が想像するのとは違い、人が神を見上げ、神は漠然としてあいまいな存在ではなく本物で、高尚だ…
人が神に信仰を持つ上での最大の過ちは彼の信仰が言葉だけであり、実生活の中に全く神が存在していないということである。確かに、人は神の存在を信じているが、神は人の日常生活の一部ではない。人の口からは神への多くの祈りが聞かれるが、人の心には神が存在する場所はほとんどなく、神は幾度も人を試す。人は汚れているので、神が人を試すことで人が恥じ入り試練を通して自分自身を知るようにするしか方法がないのである。そうでなければ、人はすべて天使長の子どもとなり、ますます堕落していくだろう。人が神を信じている間は、神によって絶え間なく清められるので、多くの個人的動機や目的は捨てられる。さもなければ、誰も神によって用いられることはできない。神がすべき働きを人にする方法はない。神はまず人を清める。この過程において、人が自分自身を知るようになり、神が人を変える。この後でしか、神のいのちは人に働かれない。この方法でしか、人の心は完全に神に向けられない。だから、神を信じることは人が言うように簡単なことではない。神がそれを見られるように、もしあなたに認識しかなく、いのちとしての神の言葉をもっていないなら、また、もしあなたが自分自身の認識しかなく、真理を実践することも、神の言葉を生かし出すこともできないなら、これはまだあなたが神に対して愛の心を持っていないという証明で、またあなたの心は神に属していないことを示している。神を信じることで神を知るようになること、これこそ最終目標で、人が求めることである。神の言葉を実行できるよう、生かし出すことに全力を尽くさなければならない。もしあなたが教義上の認識しか持っていないなら、あなたの神への信仰は無意味なものになるだろう。もしあなたが神の言葉を実践し、言葉を生かし出すなら、あなたの信仰は完全であり、神の心と一致していると見なされる。この道において、多くの人たちは多くの認識を語るが、死ぬ際には、目は涙で溢れ、生涯を無駄にし老齢になるまでいたずらに過ごしたことを嫌悪することになる。理解するだけで、神に栄光を帰す機会を持っていなかった。生涯を諍いに生き、あちらこちらに旅をすることに費やし、死期が来ると、心には後悔が生まれる。死ぬ間際になって初めて、多くの人たちは気が付き、人生の意味を認識するのである。これでは遅くないだろうか。なぜ今日、自分が愛する真理を求めないのか。なぜ明日まで待っているのか。もし真理のために苦しまず、真理を得ることを求めないなら、死ぬ間際に後悔することを望んでいるのだろうか。もしそうなら、何故神を信じるのか。実際、もし人が少しでも努力するなら、真理を実践でき、神に満足してもらえる事柄が沢山ある。人の心は絶えず悪魔に占領され、神のために行動することができない。むしろ、絶えず肉のためにあくせくして走り回り、最終的には何の利益も生まれない。人が絶えず困難や苦悩を抱えるのはこれらが理由である。それらはサタンからの苦痛ではないか。これは肉の堕落ではないか。あなたは口先だけで神を騙すべきではない。むしろ、実質的行動を取らなければならない。自分自身を欺くべきではない。そんなことをして何の意味があるのだろうか。肉のために生き、名声や富を得るために骨を折って、一体あなたは何を得ることができるだろうか。
『神の出現と働き』「神を信じるなら真理のために生きるべきである」(『言葉』第1巻)より
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