日々の神の御言葉: 宗教的観念を暴く | 抜粋 294
神の働きの目的を理解しない者は誰でも神に敵対する人々であり、神の働きの目的が分かっているのに神を満足させようとしない人々はなおさら敵対する。荘厳な教会で聖書を読む者たちは毎日聖書を暗唱するが、一人として神の働きの目的を理解しない。一人として神を知ることができない。さらに、一人とし…
神を敬い畏れる心で神を信じ、神の言葉を経験するなら、そのような人々には神の救いと神の愛が見られる。そうした人々は神を証しすることができる。彼らは真理に生き、自らが証しするものもやはり真理、神の存在そのもの、そして神の性質である。彼らは神の愛に包まれて生き、神の愛を知っている。もし人々が神を愛したいと願うなら、神の愛すべき素晴らしさを経験し、神の愛すべき素晴らしさを知らなければならない。そうしてはじめて、神を愛する心、神のために忠実に我が身を捧げようという思いが生じる。神は言葉や表現、あるいは人々の想像力に訴えて人々が神を愛するように仕向けることはなく、自身を愛することを人に強いることもない。むしろ、人々に自ら進んで神を愛するようにさせ、自分の働きと言葉の内にその愛すべき素晴らしさを見るようにさせる。その後、人々の内には神への愛が生まれるのだ。この方法によってのみ、人々は真に神を証しできるのである。人々は、他人から駆り立てられて神を愛するのではなく、一時の感情的衝動に駆られて愛するのでもない。人々が神を愛するのは、神の愛すべき素晴らしさを見たためである。彼らは、神には人々の愛に値するものが非常に多くあることを見た。神の救いと知恵、驚くべき業を見たからである。そしてその結果、彼らは心から神を讃え、心から神を慕い、神無くしては生き抜けないほどの情熱が自分の中に呼び起こされるのだ。真に神を証しする人々は、神に対する真の認識と、心から神を慕う気持ちという基盤の上に自らの証しがあるからこそ、鳴り響くような証しをできるのである。そのような証しは、感情に突き動かされて行われるのではなく、神とその性質に関する自らの認識によって行われる。そのような人は神を知るようになったため、自分は必ずや神を証しし、神を切望するすべての人々に神のことを知らせるとともに、神の愛すべき素晴らしさと神の現実性を気付かせなければならないと感じるのである。人々の神への愛と同様に、彼らの証しは自発的である。それは真実であり、本物の意義と価値がある。これは受動的なものでも、虚しく無意味なものでもない。真に神を愛する者だけが最も価値ある意義深い人生を送ることができる理由、彼らだけが真に神を信じている理由は、彼らが神の光の中に生きることができ、神の働きと経営のために生きることができるということにある。闇の中に生きるのではなく、光の中に生き、無意味な生を生きるのではなく、神の祝福を受けた生を生きているためである。神を愛する者だけが神を証しでき、彼らだけが神の証人であり、彼らだけが神に祝福され、彼らだけが神の約束を受ける。神を愛する者は神の知己であり、神に愛され、神と共に幸福を享受できる。このような人々だけが永遠に生き続け、このような人々だけが永遠に神の配慮と加護の下に生きるのである。神は人々が愛するべき存在であり、万人に愛されるにふさわしい存在だが、すべての人々が神を愛せるわけではなく、すべての人々が神を証しして神と共に力をもつわけでもない。真に神を愛する者は、神を証しできるため、そしてすべての努力を神の働きに捧げることができるため、彼らに敢えて敵対しようとする者はおらず、彼らは天の下のあらゆる場所を歩くことができ、地において力を振るい、神の民を一人残らず支配することができる。こうした人々は世界中から集まってくる。話す言葉は違い、肌の色も異なっているが、その存在は同じ意味をもっている。彼らには神を愛する心があり、みな同じ証しをし、同じ決意をもち、同じことを願っている。神を愛する者は世界中を自由に歩くことができ、神を証しする者は全宇宙を旅することができる。こうした人々が神に愛され、神の祝福を受け、永遠に神の光の中に生きるのである。
『神の出現と働き』「神を愛する人は永遠に神の光の中に生きる」(『言葉』第1巻)より
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