日々の神の御言葉: 聖書にまつわる奥義 | 抜粋 267

聖書とはどのような書物なのか。旧約は律法の時代における神の働きである。旧約聖書は律法の時代におけるヤーウェの働きと、創造の働きを残らず記録している。そのすべてがヤーウェの行なった働きを記録しており、最後はマラキ書のヤーウェによる働きの記述で終わっている。旧約は神の行なった二つの働きを記録している。一つは創造の働き、もう一つは律法の布告である。どちらもヤーウェが行なった働きである。律法の時代はヤーウェ神の名のもとで行なわれた働きを表わしており、おもにヤーウェの名のもとで行なわれた働きの総体である。したがって、旧約はヤーウェの働きを記録しており、新約はイエスの働き、おもにイエスの名のもとで行なわれた働きを記録している。イエスの名の意義と彼が行なった働きは、その大半が新約に記録されている。旧約の律法の時代、ヤーウェはイスラエルに神殿と祭壇を築き、地上におけるイスラエル人の生活を導いたのだが、そのことは、彼らがヤーウェの選民、つまり神が地上で最初に選んだ集団で、神の心にかなう者であり、神が自ら導いた最初の集団であることを証明した。イスラエルの十二部族がヤーウェの最初の選民であり、ゆえにヤーウェは律法の時代における自身の働きが終わるまで、絶えず彼らの中で働いた。第二段階の働きは新約の恵みの時代の働きで、イスラエルの十二部族の一つ、ユダヤの民の間で行なわれた。その働きの範囲が狭かったのは、イエスが受肉した神だったからである。イエスはユダヤの全土でしか働かず、三年半の間だけ働いた。ゆえに、新約に記録されたものは、旧約に記録された働きの量を到底超えられないのである。

『神の出現と働き』「聖書について(1)」(『言葉』第1巻)より

信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。

関連記事

日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 63

人々が知って理解するようになったことが、神の性質や神が所有するものと神そのものだとしたら、それによって得られるのは神から生じるいのちです。ひとたびこのいのちが自分の中で形作られると、神への畏れが次第に大きくなります。それは極めて自然に生じる成果です。神の性質や本質について、それを…

日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 484

もしあなたが神の新しい光を受け入れることができず、今日神が行うすべてのことを理解できず、それを求めず、さもなければそれを疑ったり、批判したり、あるいはそれを研究したり分析したりするなら、あなたには神に従うこころはない。今ここに神の光が現れる時、もしあなたがまだ昨日の光の方が大切だ…

日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 34

神のアブラハムへの約束  (創世記 22:16-18)「ヤーウェは言われた、『わたしは自分をさして誓う。あなたがこの事をし、あなたの子、あなたのひとり子をも惜しまなかったので、わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。あな…

日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 57

もし人の心が神に敵対するのなら、どうして神を畏れ悪を避けることができようか  今日の人々がヨブと同じ人間性を持っていないのであれば、人々の人格の実体と神に対する姿勢はどのようなものだろうか。人々は神を畏れているだろうか。悪を避けているだろうか。神を畏れず悪を避けることもない人々は…