神の本質は無私

最も見落としやすい神の本質と性質の中に、神だけが持つことができるものがある。それは偉大だと思われている人々や良い人と思われている人々、また彼らの想像上の神も持つことができないものである。それは、神が無私であることだ。無私について話すと、あなたは自分もまた非常に無私だと思うかもしれない。なぜなら、自分の子供のことに関して言えば、あなたは子供と取引は決してせず、気前良く与えるからである。あるいは自分の両親のことに関してなら、あなたは自分が非常に無私だと思うかもしれない。あなたがどう考えるかに関わらず、少なくともあなたは「無私」という言葉の意味を理解しており、そしてそれは肯定的であり、無私な人であることはとても立派なことだと考えている。自分が無私であるとき、自分は素晴らしいとあなたは考える。しかし全ての物、人、出来事の中にあって、そして神の業を通して、神が無私であることを見ることのできる人はいない。なぜか。それは、人間があまりに自己中心だからである。


人間は物質的世界に住んでいる。あなたは神に付き従っているかもしれないが、神がどのようにあなたに与え、あなたを愛し、あなたに配慮しているかを見たり理解したりすることはない。あなたはあなたを愛してくれる、あなたを可愛がってくれる肉親を見ている。あなたは自分の肉にとって有益なものに目を留め、自分が愛する人々や愛する物事に心を配る。それが人間の言う無私だ。人間が信じる無私とは、空虚で現実が伴わず、汚れた、神とは相成れないものであり、神とは全く関係がない。神の無私とは神の本質の真の現れである一方、人間の無私というのは自分自身のためのものである。人間が神の与えられるものを常に受けているのは、まさしく神が無私であるゆえである。


あなたがたはわたしが今日話しているテーマにそれほど深く影響されず、単に同意の頷きをしているだけかもしれない。しかしあなたが自分の心の中に神の心を理解しようとすると、あなたはこのような発見をせざるを得ない。この世の全ての人々、出来事、そして物の中にあって、神の無私だけが真実で揺るぎないものであると。なぜなら神のあなたに対する愛だけが無条件で汚れのないものだからである。神以外の全ての者のいわゆる無私は全て偽もので、表面的、そして魂胆があるものである。そこには目的、特定の意図、取引があり、試みに耐えることができない。それは汚れた卑しむべきものだとさえ言える。


『言葉は肉において現れる』の「神の働き、神の性質、そして神自身 1」より編集

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