刈り込みと取り扱いを経験するのは最も有意義なこと

刈り込みと取り扱いを受けて消極的になる人がいます。その人は本分を尽くすとき活力を失い、やがて忠誠心も失います。それはなぜですか。自分の行為の本質に気づいていないのがその原因の一つであり、その結果、刈り込みと取り扱いを受け入れられないのです。それは傲慢と自惚れと、真理を愛さない本性のせいです。刈り込みと取り扱いの意義を理解しておらず、それで自分の結末が決まると信じているのもその原因の一つです。結果として、家族を捨てて神のために自分を費やし、神にいくらか忠実なら刈り込みと取り扱いを受ける必要はないと誤って信じ、取り扱いを受けても、それは神の愛でも義でもないと考えるのです。

そのような人が刈り込みと取り扱いを受け入れないのはなぜですか。それはひとえに、人はあまりに傲慢で自惚れ、真理を愛さず、欺瞞に満ちているからです。人は苦難を受けることを望まず、簡単に祝福を得ることばかり望みます。人は神の義なる性質をまったく認識せず、神の業がすべて義だとは思いません。人間の目から見ると、神の働きが人の意志と一致しなかったり、人の期待にそぐわなかったりすれば、神が義であるはずはありません。自分の行動が真理と一致していないことにも、それが神に抵抗していることにも、人は気づいていません。過ちを犯した人に、神が叱責も取り扱いも刈り込みもせず、一緒に食事をして楽しい時を過ごすことを許すならば、人は決して神について不満を漏らしたり、神は義ではない、と批判したりすることもありません。人は偽善ぶって、神は本当に義だと言い張るでしょう。

人間の目から見ると、神の働きが人の意志と一致しなかったり、人の期待にそぐわなかったりすれば、神が義であるはずはありません。自分の行動が真理と一致していないことにも、それが神に抵抗していることにも、人は気づいていません。そのような人は神を知っていますか。彼らの思いが神の思いと全く一致するなどあり得ますか。どうして神を案じさせずにいられますか。神は人を裁き、刈り込んで取り扱うとき、人が神に服従して神を愛せるよう、そのいのちの性質を清めて変えようとしますが、人はまったくそれに気づいていません。神が義であるとは少しも信じていないのです。神がわずかでも自分を叱責し、扱ったとたん、人は消極的で気弱になり、神について不満を言います。この状態が続けば、あなたがたは清められることも完全にされることもありません。

『キリストの言葉の記録』より編集

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