神の働きを経験し神の愛らしさを発見しなさい

神の本質は、ただ人間が信じるためだけのものではない。それ以上に、愛すべきものなのだ。しかし、神を信じる者の多くは、この「秘密」を見いだすことがでない。人々はあえて神を愛そうとせず、また、愛そうと試みることもない。人々は神には愛すべき点が数多くあることを見つけだしておらず、神が人間を愛していること、人間にとって神が愛すべき存在であることを見つけだしていない。神の優れている点は、その働きに示されている。神の業を経験してはじめて、人は神のすばらしさを見つけだす。実際に体験してはじめて、神のすばらしさを認識するのであって、実際に体験することがなければ、誰一人神のすばらしさを見つけだせない。神の敬愛するべき点はまことに数多いのに、実際に神に触れることがなければ、人々はそれを見つけだせない。

もし神が受肉しなければ、人々は実際に神に触れることができず、その働きを経験することができず、そこで、人々の神への愛には偽りや想像が介在することになる。天にいる神への愛は、地上にいる神への愛ほどの真実味がない。天にいる神についての認識は、その目で見たり実際に体験したりしたことではなく、想像によるものだからだ。神が地上に来ると、人々は神の業とすばらしさをその目で見られる。神の実際的で正常な性質のすべてを見られるのだ。それらはみな、天にいる神についての認識より数千倍も現実的なものなのだ。

人々が天の神をどれほど愛そうと、その愛に真実は何もない。人間の考えたものばかりだ。地上にいる神への愛がどれほどささやかなものであっても、その愛は実際的である。たとえごくわずかであっても、それでも現実のものなのだ。神は実際の働きを通して人々に自分を知らせになる。そして、その知識によって人々の愛を得られる。これはペテロと同じことだ。もし彼がイエスと共に暮らしたことがなければ、イエスを愛することは不可能だったろう。ペテロのイエスへの忠誠心もまた同じで、イエスとの交わりを通して築かれたものだ。人間が自分を愛するようになるため、神はおいでになって人々と共に生きた。そして人々が見て経験するものはみな、神の実際なのである。

『言葉は肉において現れる』の「神を愛する人は永遠に神の光の中に生きる」より編集

前へ: 神を愛するには神の愛らしさを体験しなければならない

次へ: 全存在を捧げ神の旨を行う

信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。

関連記事

神は六千年に及ぶ救いの計画における支配者である

全ての神の働きは 神自身によって為される 神の働きを起こすのも、完了させるのも神である その全ての働きを 計画するのは神であり  それを営むのもそれを 成就させるのも神である それについて 聖書にはこう 書かれている・・ 書かれている 「神は始めであり・・神は終わりでもある  …

患難の中で証しに立つ者たちは勝利者だ

神の国の時代 人は完全にされる 神の国の時代に実に完全に 征服の業が終わる時 人は精錬と患難を通らされる 征服が終われば 患難の中、勝利する者、証しに立つ者 ああ、彼らこそが 最後に完全にされ、勝利者となるだろう 患難の間 人には精錬が望まれる それは神の業の最終段階だ 神…

神は人を救うために大いに苦しむ

神は、遠い昔に人間の世界へ来て人間と同じ苦難を受けた。神は長年にわたり人間と共に生活したが、彼の存在を見出した者はいなかった。神は人間の世界の惨事に黙して耐えつつ、自身が負う業を行っている。父なる神の心と、人間の必要性のため、神は人間が嘗て経験したことの無い苦痛を受け、それ…

神自身の本性と位置

神は万物を支配し  万物を統べ治める 神は全てを創造し 統治し  すべてを支配し 満ち足らせる これが神の位置 そして存在 全ての被造物にとって 神は万物を創り 全ての主である 神の存在の真実 神の本性はたぐいないものである 人であろうと霊であろうと 神のふりをして そ…

設定

  • 文章
  • テーマ

単色

テーマ

フォント

文字サイズ

行間

行間

ページ幅

目次

検索する

  • 表示テキスト内検索
  • 全文検索