神の義なる終わりの日の裁きは人類を分類する

1.時代を終わらせる神の最後の働きでは、神の性質は刑罰と裁きであり、それが不義なるもの全てを現わし、すべての人々を公に裁き、神を真に愛する人たちを完全にする。このような性質のみが時代を終わらせることができる。終わりの日はすでに来ている。あらゆるものは種類によって区分され、性質に従って種類分けされる。この時に神は人の最後と終着点を明かにする。もし人が刑罰と裁きを受けなければ、人の不従順と不義を明かす方法はないであろう。刑罰と裁きを通してのみ、あらゆるものの終局を明かすことができる。人は罰せられ裁かれて初めて本当の姿を示す。悪は悪に、善は善に、人は種類によって区分される。

2.刑罰と裁きを通して、すべてのものの最後が明かされ、悪人は罰せられ、善人は褒美を得るであろう。そして、すべての人たちは神の支配の下に従属することになるであろう。すべての働きは義なる刑罰と裁きを通して達成されなければならない。人の堕落は頂点に達し、人の不従順はあまりにも深刻になってしまったので、おもに刑罰と裁きであり、終わりの日に明らかにされる神の義なる性質のみが人を完全に変えて全き者とすることができる。この性質のみが悪を暴露し、よってすべての不義なる人々を厳しく罰することができる。よって、この様な性質は時代の意義を持ち、神の性質の顕示と表示はそれぞれの新しい時代の働きのためである。神はその性質を気まぐれに意味もなく顕すことはない。

3.もし、人の終末が終わりの日に明らかにされるときに神が依然として人に無尽蔵の憐れみと愛を与えるなら、もし神が依然として人を愛情深く、人を義なる裁きにさらさずに寛容、忍耐、赦しを示すなら、人がどんなに深刻な罪を犯しても、義なる裁きなしに依然として人を赦すなら、神の経営のすべてに一体終わりはあるのだろうか。このような性質がいつ人類を正しい終着点に導くことができるのだろうか。終わりの日には、義なる裁きのみが人を分類し、新しい領域に連れて行くことができる。この様に、時代全体に神の裁きと刑罰の義なる性質を通して終わりがもたらされるのである。

『言葉は肉において現れる』の「神の働きのビジョン(3)」より編集

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