キリストの本質は愛である

人間にとって、キリストの本質は愛である。キリストに従う者にとって、それは無限の愛である。もしキリストに愛も憐みもなければ、人はいまなおキリストに従ってはいないだろう。

受肉した神が人類に行う働きの中で、最も明白で卓越した神の本質は愛である。それは無限の寛容である。神の本質が愛でなく、あなたがたの想像するようなものであったら、つまり神が自ら好む者を打ち倒し、自ら憎む者を懲罰し、呪い、裁くなら、神はあまりに厳しいはずだ。神が人に怒りを覚えるたび、人は恐怖に震えて神の前で立つことができないとあなたがたは考える……それは神の性質の一面に過ぎない。最終的に、神の目標はやはり救いである。神の性質の明示には、残らず愛が流れている。。

肉において働く間、神が人に最も明らかにするのは愛である。忍耐とは何か。忍耐とは内なる愛ゆえに憐れみをもつことであり、その目的はやはり人を救うことである。神には愛があるので、人に憐れみをもつことができる。神に憎しみと激しい怒りしかなく、裁きと刑罰を下すだけで人に何の愛ももたなければ、状況はいま見ているものと違い、厄災があなたがた人間に降りかかるだろう。神はあなたがたに真理を施すだろうか。刑罰と裁きを受けた後に呪われるなら、その人は完全に終わりである。では、人類がいまも存在しているのはどういうことだろう。

神の憎しみと怒りと義はすべて、この一群の人々の救いを基礎として表わされる。その性質には愛と憐みに加え、極めて強い忍耐も含まれる。その憎しみには、他に選択肢がないという感覚、そして神の人間に対する限りない憂慮と期待も含まれるのである。神の憎しみは人類の堕落と反抗心と罪に向けられているが、それは一方的な見方であり、愛を土台にしている。愛があって初めて憎しみもあるのだ。神の人類に対する憎しみはサタンへの憎しみとは違う。神は人を救うが、サタンを救うことはないからである。

『キリストの言葉の記録』より編集

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