四つの格言

人がわたしを「愛する」のは、彼らの愛が持って生まれたものだからではなく、刑罰を恐れているからである。人々のうちの誰が生まれつきわたしを愛しただろうか。誰がわたしを自分の心臓のように取り扱うだろうか。そこでわたしはこのことを人間界のための格言とともに要約する。人々のうちにわたしを愛する者は誰もいない。わたしは人を永遠に愛することができ、永遠に嫌悪することもできる。わたしには忍耐があるゆえ、これは決して変わらない。しかし、人はこの忍耐力を持たず、わたしに対する態度をいつもころころと変える。従って、わたしはこれを別の警句にまとめよう。人には忍耐が足らないために、わたしの思いを果たすことができない。


なぜ人が自らの義務を守らないのか、なぜ自らの霊的背丈がどれほどなのかを知らないのか、今でもわたしは分からない。人々はそれが数グラムなのか何両なのかさえ人々は知らない。それだから、彼らは依然としてわたしを騙す。あたかもわたしの働きがすべて無駄に終わり、わたしの言葉がただ大きな山々のこだまであるかのように、そしてわたしの言葉や発言の根源を誰も気が付かなかったかのようである。そして、わたしはこれを三番目の警句を要約する基礎として使用する。人々にはわたしが見えないため、わたしを知らない。


人々はわたしの言葉によって泣き叫ぶが、彼らの嘆願にはいつもわたしの冷酷さに対する苦情が含まれている。まるで彼らはみな人間に対するわたしの本当の「愛」を探し求めているかのようだ――しかし、彼らがどうしてわたしの厳しい言葉の中にわたしの愛を見つけることなどできようか。その結果、彼らはい人々が言葉を発する時、彼らがいつもわたしに対して文句を言うのはなぜだろう。このため、わたしは人間の暮らしに対して第四の格言をまとめる。すなわち、人々はわたしにほんの少ししか従わず、こうして、いつもわたしを嫌っている。


わたしが人々に要求すると、人々は仰天する。長年善意で優しかった神が、そのような言葉、無慈悲で不当な言葉を言うなど、人々は考えたこともなく、絶句する。このような時、わたしは人々がまた文句を言い始め、人々の心の中でわたしへの憎しみがまた高まるのに気づく。人々はいつも地上を非難して、天国に呪いをかける。それでも彼らの口から自らを呪う言葉は聞かれない。彼らの自己愛が強すぎるからだ。ここで人間生活の意味をまとめよう。人々は自己愛が強すぎるため、その全人生が苦悩に満ちた空虚なものになっている。わたしを憎むあまりずっと自らを苦しめて自滅してきた。


『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」

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