神の言葉は本当にあなたのいのちとなったか

人々はよく、神を自分のいのちにさせると言うが、まだそうなるところまで経験していない。あなたは単に神が自分のいのちであり、毎日自分を導いてくれる。自分は毎日神の言葉を飲み食いし、毎日神に祈っているのだから、神が自分のいのちになってきていると言う。こうしたことを言う人々の認識は表面的なものに過ぎない。多くの人々は基礎ができていない。神の言葉は植えつけられたが、まだ芽を出しておらず、まして実を結んでなどいない。いつか、一定のところまで経験したところで、神があなたを去らせようとするなら、あなたは立ち去ることができなくなるだろう。


あなたはいつでも、神がいなければ生きていられないと心の中に感じるだろう。神なしでいるのは命を失うようなもので、神なしでは生きていられない。こういう状態になるまで経験を積むと、神への信仰の到達点の一つに至ったと言える。そして、このようにして神はその人のいのちとなり、存在の基礎となると、決して二度と神と離れることができない。こうしたところに至った人は、真に神の愛を喜んでいる。神との関係は真に密接になり、神があなたのいのち、愛となり、 あなたはこう祈る。これが人々の真の姿、これがまことのいのちである。


神が自分のいのちであること、自分の心から神を奪われることは、命を失うようなものであることを経験しなければいけない。神は自分にとっていのちであって、神から離れることはできないという状態でなければならない。そうすれば、ほんとうに神を経験することができ、その時に、再び神を愛するようになれば、真に神を愛すのであり、それは唯一の純粋な愛であるだろう。いつの日か、そうした経験をして、いのちのある点に至り、神に祈り、神の言葉を飲み食いし、心が神を離れることができず、たとえそうしたいと思っても、神を忘れることができない。


神はあなたのいのちになる。世界を忘れることはできる。妻や夫や子供を忘れることはできる。しかし、神を忘れるのは難しいだろう。不可能なのだ。それがあなたの真のいのちであり、神への真の愛なのだ。神への愛がある点に至ると、他のどんなものへの愛も神への愛には及ばなくなる。神が最も愛するものなのであり、そうなると、あなたは他のすべてを捨て去れる。そして、神からなら、どんな取り扱いも刈り込みも受け入れられるようになる。神への愛が他のすべてより重要になったなら、あなたは現実の中に神の愛の内に生きるようになる。


『言葉は肉において現れる』の「神を愛する人は永遠に神の光の中に生きる」より編集

前へ: 神の言葉に従えば道に迷うことはない

次へ: 真に神を崇拝する人になることを求めよ

信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。

関連記事

終わりの日に神は言葉で人を裁き清める

終わりの日の神の業は 言葉を伝えること それがもたらす変化は かつての恵みの時代に 神が見せた奇跡的なしるしや 不思議な業よりも大きい その恵みの時代には 手を置くと悪魔は逃げたが 人の中には堕落した性質が残った 病気を癒され罪を赦されたのに 悪魔的性質を追い出す業は まだ成し遂…

神は人をかけがえのない存在として見守る

神は人々を創った全ての人を創った 人が神に従っても 逆に人が堕落したとしても 神は人々を見守る 全ての人を見守る かけがえのない存在として かけがえのない我が子のように 人々は神にとって おもちゃではない 神は創造主であり 人は神の被造物である そう言うと神と人との階級が異なるよ…

神の足跡を探すなら

神の足跡を探すなら 探さねばならない 神の御心、神の御言葉、神の御声 神の新しい御言葉の中 神の御声がある 神の足跡があるところには 神の御業がある 神の印があるところ そこには神が現れる 神の現れるところには 真理、道、命がある 神の足跡を探す時 神の真理、生きる道、…

義と全能と実践の神

永遠に唯一の真の神は 言葉で創造物に命吹き込み 神が語ったり命じるとそうなった 塵は人に変えられ 神は被造物を養い 命は天と地に満ちた 神は法を定め、奇跡をおこし 人を導き、世話をしたが 人は悪に身を任せ 汚れ堕落し、見るに見かねて 神は謙り受肉し、人を赦し 威厳を捨て、不義を背…

設定

  • 文章
  • テーマ

単色

テーマ

フォント

文字サイズ

行間

行間

ページ幅

目次

検索する

  • 表示テキスト内検索
  • 全文検索