肉の中で生きることは神の意志か

人々は皆、神を軽々しく考えている。もっとたくさんの栄養剤を取ることは知っていても、神のために不安を感じることはない。これが神に仕えるということなのであろうか。これが神を愛することなのであろうか。どうりで一日中のんきにぶらぶらと何もせず過ごしているわけである。そのようであっても、一部の人はまだ満足しきれず、自ら悲しみを作り出す。これが自分自身について感傷的になるということなのである。あなたを悲しませているのは神なのであろうか。これこそ自分自身に苦しみをもたらす例なのではないか。神の恵みのいずれもあなたの幸福の源となり得ないのだろうか。これまでずっと、あなたは神の心に注意しなかった。悲観的で、弱々しく、悲しんでばかりいた。それはなぜか。

あなたを肉体のうちに生かせることは神の心なのか。あなたは神の心を理解していない。心の中に不安を抱え、不平不満を漏らし、一日中うなだれて過ごし、肉体の苦痛と苦悶に悩まされる。あなたは、他の人は刑罰のさなかに神を褒め称え、刑罰を乗り越えて、それに縛られないことを求めるのに、あなたは刑罰に陥り、それから逃れられない。董存瑞(とうそんずい)の「自己犠牲の精神」を見習うには何年もかかる。あなたが教えと教義を説くとき、恥を感じないだろうか。自分自身を知っているのだろうか。自分を脇に置いたのだろうか。心から神を愛しているだろうか。自分の将来の展望や運命を脇に置いたのだろうか。

『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第四十章」より編集

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