ほんの短い間も人は自分の肉を忘れられないのか

暖かい春になり、花々が開花し、そして天の下のすべてが緑に覆われ、地上のすべてのものがあるべき場所に納まると、すべての人々と物事は次第に神の刑罰を受けることになるだろう。そしてその時、地上における神のすべての働きは終わるだろう。神はもはや地上では働かないし、住まないだろう。神の偉大な働きが完了しているからである。人々はこの短い期間、自分の肉を忘れることはできないのだろうか。神と人の間の愛を裂き得るものは何だろうか。誰が神と人の間の愛を引き裂き得るだろうか。それは両親だろうか、夫か、姉妹か、妻か、それとも痛みをともなう精練だろうか。良心が持つ感情は人間の心の中の神の姿を消し去ることができるだろうか。人々の互いの恩義と行動は、自ら出た行為だろうか。それらを人間は矯正することができるのだろうか。誰が自分自身を守ることができるだろう。人々は自らに施すことができるだろうか。人生で強いのは誰だろう。わたしから離れて独り立ちできるのは誰だろう。自分を顧みるようにと、すべての人々に向かって神が幾度も要求するのはなぜだろう。なぜ神は次のように言うのだろう。「自分の困難を自らの手で用意する人などあるだろうか。」

『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第二十四章」より編集

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