日々の神の御言葉: 神の働きを認識する | 抜粋 230
神のすべての言葉には神の性質の一部が含まれている。神の性質を言葉で完全に表すことはできないので、このことから神にどれほどの豊かさがあるかが十分にわかる。人間が見たり触れたりできるものは、結局、人間の能力同様に限られている。神の言葉は明確だが、人はそれを十分に理解することができない…
苦難に耐え、代償を払い、表面上の行動も極めて良好であり、尊敬されて他人に賞讃されている人がいます。こうした表面上の行動は、真理の実践とみなせるとあなたがたは言うでしょうか。このような人は神の心意を満たしていると言えますか。このような人を見ると、神を満足させている、真理を実践する道を歩んでいる、神の道を歩んでいると人がいつも考えるのはなぜですか。このように考える人がいるのはなぜですか。これを説明する方法はひとつしかありません。それはどのような説明ですか。それは、多くの人にとって、真理の実践とは何か、神を満足させるとはどのようなことか、真理現実を真に自分のものにするとは何を意味するのか、といった疑問があまり明瞭でないということです。そうしたわけで、表面上は霊的で高貴で高尚で偉大に見える人によく惑わされる人がいるのです。惑わされる人は、字句や教義について雄弁に語ることができる人や言動が賞讃に値するように見える人の行動の本質や背後にある原則や、彼らの目的が何なのかを検討したことがありません。また、彼らが真に神に服従しているかを検討したことも、彼らが真に神を畏れ、悪を避けるかも不明なままです。惑わされる人は、彼らの人間性の本質を見極めていないのです。むしろ、最初の出会いから、徐々に彼らを賞讃、崇敬するようになり、最終的には、惑わされる人にとっての偶像になります。さらに、一部の人は、自分が崇拝する偶像は、家族や職業を捨て、表面的に代償を支払うことができる人で、真に神を満足させており、好ましい結末と終着点に到達できる人であると信じているのです。こうした人の考えでは、これらの偶像こそが神が賞讃する人なのです。人がこのように考える原因は何ですか。この問題の本質は何ですか。この問題はどのような結末を引き起こす可能性がありますか。まず、この問題の本質について話し合いましょう。
基本的に、人の観点、実践の方法、人がどのような実践の原則を選択するかという問題、何を強調する傾向にあるかという問題は、神の人類への要求とは無関係です。人が重要視する問題が浅薄であるか深遠であるか、字句や教義であるか現実であるかにかかわらず、人は最も遵守すべきことを遵守せず、最も知るべきことを知りません。その理由は、人が真理をまったく好まないからです。したがって、神の言葉にある実践の原則を探して実践するために人は時間や労力を費やすことを望みません。むしろ、近道をし、理解し、知っていることをまとめて、良い実践やふるまいとすることを望みます。この「まとめ」が人の目標となり、実践すべき真理となります。このことの直接的な成り行きは、真理を実践する代替として良いふるまいを用いることであり、それは神の機嫌を取りたいという人の欲望も満たします。これにより、人は真理に対抗し、神を説得し神と競争するのに用いる資本を得ます。それと同時に、人は無節操に神を脇へやり、自分が崇拝する偶像を代わりに据え付けます。人がこうした無知な行動や見方を取り、一面的な意見と実践を採用する根本原因はひとつしかありません。今日は、あなたがたにこのことについて話します。その理由は、神に付き従い、日々神に祈り、神の言葉を読んでいても、実際には人は神の心意を理解していないからです。このことが問題の根源です。もし人が神の心を理解し、神が何を好み何を嫌悪するか、神が何を欲し何を拒むか、神がどのような人間を愛し嫌うか、人間への要求をするときに神がどのような基準を適用するか、神が人間を完全にするのにどのような方法を取るかを知っていたならば、それでもなお人は自分の個人的な考えを持つことができますか。ただ別の誰かを崇拝できますか。普通の人間が人の偶像となり得ますか。神の心意を理解している人は、それよりはもう少し理にかなった観点をもっています。堕落した人間を自分の判断で偶像化することはなく、また真理を実践する道を進みながら、僅かな簡単な規則や原則を盲目的に遵守することが真理を実践することであるとは考えません。
『神を知ることについて』「神の性質と神の働きが達成する成果をいかにして知るか」(『言葉』第2巻)より
信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
神のすべての言葉には神の性質の一部が含まれている。神の性質を言葉で完全に表すことはできないので、このことから神にどれほどの豊かさがあるかが十分にわかる。人間が見たり触れたりできるものは、結局、人間の能力同様に限られている。神の言葉は明確だが、人はそれを十分に理解することができない…
これらの試練は、人々の心の中のどのような状態に狙いを定めているのだろう。それらは、神に満足してもらうことのできない人間の反抗的性質を対象としている。人々の心の中には汚れたものや偽善的なものがたくさんある。だから神はそれらを清めるために試みに遭わせるのである。だがもし今日、あな…
正常な人間性にはどのような側面が含まれているのか。識見、理知、良心、品格である。これらの側面それぞれについて正常性を達成できるならば、人間性は基準に達する。あなたは正常な人間の姿を備え、神を信仰する者らしく見えるべきである。過度な達成をしなくてもよく、外交に関わる必要はなく、…
あなたが神の旨に配慮すればするほど、あなたの重荷は大きくなり、その重荷が大きければ大きいほど、あなたの経験は一層豊かになる。あなたが神の旨に配慮するとき、神はあなたに重荷を与え、あなたに委ねた務めについてあなたを啓いてくださる。神があなたにこの重荷を与えると、あなたはそれに関連す…