日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 481

ペテロが追い求めた唯一のもの、それは神の心であった。彼は神の心を満たすことを追い求め、苦難や災いを受けても、喜んで神の望みを叶えようとした。神を信じる者として、これ以上の追及の形はない。だがパウロが追い求めたものは、彼自身の肉的なもの、観念、思惑そして企みによって汚れていた。パウロは決して被造物の資質があるとはいえず、また彼は神の心を満たすことを追求する人でもなかった。一方でペテロは神の指揮に従い、その働きはそれ程大きくなかったものの、彼の追求の裏にある動機、そして歩んだ道は正しいものであった。ペテロは、それほど多くの人を獲得したわけではなかったが、ペテロは真理の道を追い求めることができたのである。このために、ペテロは被造物の資質があるといえるだろう。今日、たとえあなたが働く者ではなくても、あなたは被造物の本分を尽くせなければならず、神の指揮すること全てに従うことを追い求めるべきである。あなたは神の言うことは何であろうと全てに従うべきであり、どんな試練や精錬でも経験し、たとえ自分が弱くても心の中で神を愛せるはずである。自分のいのちに責任を持つ人は、喜んで被造物の本分を尽くす人といえるし、そういう人の追求への見解が正しいのである。神はこのような人を必要とされるのである。仮にあなたが多くの働きを行って、人々がその教えから学んだが、あなた自身は変わらず、しかも何の証しも真の経験も持たず、死の直前になってもあなたのしたことに何の証しもないままだとしたら、あなたは変えられた人だと言えるだろうか。また真理を追い求める人であったと言えるだろうか。聖霊があなたを用いる時、単にあなたの中の働くことのできる部分を用いるのであって、そうでない部分は用いない。あなたが変わることを追い求めるのであれば、用いられる過程で徐々に完全にされるはずである。それでも聖霊は、あなたが最終的に神のものとされるかどうかに責任を負うことはなく、それはあなたがどう追い求めるか次第なのである。もし個人的な性質に変化がなければ、あなたの追求に対する観点が間違っていることになる。また何の見返りも受けられなければ、それはあなたの問題であり、あなたが真理を実践せず神の心を満足させることができないことが原因である。要するに、個人的に経験すること以上に重要なことはなく、個人の霊的な成長こそ最も肝心だということである。人によっては最後にこう言うだろう。「私はあなたのために大いに働きました。確かにそれほど大きな功績があるわけではありませんが、真面目に努力してきました。だからどうぞ、私を天国に入れていのちの果実をいただけませんか」と。あなたはわたしがどのような人間を求めているかを知らなければならない。けがれた人間は神の国に入ることを許されないし、またけがれた人間が聖地を汚すことも許されない。あなたがたとえどれほど長くまたどれほど多くの働きを行ってきたとしても、最後のときになって未だ甚だしく汚れていれば、わたしの国に入ることは天が許さないのである。世の初めから今日まで、人がいかに取り入ろうとも、人が神の国に入るのにわたしが便宜を図ったことはない。これは天の掟であり、誰にも破ることは許されない。あなたは、命を追い求めるべきである。今日、神に完全にされるであろう人間はペテロのような人であり、自分の性質の変化を追い求める人であり、そして喜んで神を証しし、被造物の本分を尽くそうとする人である。そのような人だけが神によって完全にされるのである。もしあなたが見返りだけを求め、自分のいのちの性質を変えることを追い求めないのであれば、あなたの努力の一切は徒労に終わる。そしてこれは、永遠に変わらない真理である。

 

『神の出現と働き』「成功するかどうかはその人が歩む道にかかっている」(『言葉』第1巻)より

信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。

関連記事

日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 509

神の精錬が大きいほど、人の心は神をさらに愛することができる。心の苦しみはその人のいのちに有益であり、神の前でより安らぎ、神との関係がより近くなり、神の至高の愛と救いをよりよく理解できる。ペテロは何百回も精錬を経験し、ヨブは数度の試練を受けた。あなたがたが神によって完全にされること…

日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 411

この言葉を読んだ後、あなたがたがそれを受け止めると言うだけで、心を動かされず、神と正常な関係を持とうとしないなら、それはあなたが神との関係を重視していない証拠である。また、あなたの見解がまだ正されておらず、あなたの意図も自分が神のものとされることや神に栄光をもたらすことに向けられ…

日々の神の御言葉: 神の三段階の働き | 抜粋 31

終わりの日とは、すべてのものが征服を通して、その種類に分類される時のことである。征服は終わりの日の働きである。つまり、一人ひとりの罪を裁くことが終わりの日の働きである。そうでなければ、どうして人を分類できるというのか。あなたがたの間で行われる分類の働きは、全宇宙におけるそうした働…

日々の神の御言葉: 神の出現と働き | 抜粋 68

わたしは異邦人国家にわたしの働きを広めている。全宇宙にわたしの栄光は閃く。わたしの心はあちこちに散らばる人々の中に現れ、みなわたしの手によって誘導され、わたしが与えた作業をしている。この時点からわたしは新しい時代へと入り、全ての人々を別の世界へ連れて行く。わたしが自分の「故郷」へ…