日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 522

今、ペテロがどんな道を歩んだのかあなたは明確に見ることができるはずである。もしこれがはっきり見えたら、今日なされている働きに確信を得ることができ、あなたは不満を言ったり、消極的になったり、何かを待ち焦がれたりすることもないだろう。あなたは当時のペテロの気持ちを経験すべきである。彼は悲しみに打ちひしがれ、もはや未来も祝福も求めることはなかった。彼は利益、幸福、名声、世の富を求めることはせず、最も意義のある人生を生きることだけ求めた。それは神の愛に答え、彼にとって最も貴重なものを神に捧げることであった。そうすることで、彼の心は満たされた。ペテロはしばしば「主イエス・キリスト様、私はかつてあなたを愛していましたが、本当には愛してはいませんでした。私はあなたを信じていると言いましたが、私は決して真の心であなたを愛してはいませんでした。私はあなたを見上げ、敬愛し、お会いしたいと思いましたが、あなたを愛していたのでもなく、心からあなたに信仰を持っていたのでもありませんでした。」とイエスに祈った。彼は常に決意をするために祈り、絶えずイエスの言葉によって励まされ、それらの言葉を動機へと変えたのである。いくつかの事を経験したのち、イエスはペテロがイエスをもっと慕うようにと、あえてペテロを試した。ペテロは「主イエス・キリスト様、私はどんなにかあなたと一緒にいたいと願い、あなたを見上げる時を待ち焦がれていることでしょう。私には余りにたくさん欠けた所があり、あなたの愛に答えるに相応しいものではありません。私を早く取り除いてくれるよう切にお願いします。あなたはいつ私が必要でしょうか。あなたは私をいつ取り除いてくださるのでしょうか。私はいつもう一度あなたの御顔を拝することができるでしょうか。この体でこのまま生き、堕落し続けることを望んではいません。これ以上反抗することも望んではいません。できるだけ早く私が持っている全ての物をあなたに捧げる用意ができていますし、あなたをこれ以上悲しませたくありません。」とペテロは言った。ペテロはこのように祈ったが、その時はイエスが彼の中で何を完全にするのか、まだ分からなかった。彼が試みの中で苦しんでいる間、イエスは彼に再び現れ「ペテロよ、わたしはあなたを完全にしたいと思っている。わたしがあなたを完全なものとし、わたしの働きの結晶として、あなたが一つの実になり、わたしが喜ぶものとなるためである。あなたは本当にわたしの証しとなることができるのか。わたしがあなたに願ったことをあなたはしたのか。わたしが語った言葉をあなたは生きてきたのか。あなたはかつてわたしを愛した。あなたはわたしを愛したけれど、わたしを生き抜いたのか。わたしのために何をしてくれたか。あなたはわたしの愛にふさわしくないと思っているのが、わたしのために何をしてくれたのか。」と言った。ペテロはイエスのために何もしてこなかったことが分かり、神に自身のいのちを捧げるという以前の誓いを思い出した。それから、彼はもはや不平不満を言わず、その後の彼の祈りは更にもっと素晴らしくなった。ペテロは「主イエス・キリスト様、私はかつてあなたから去りましたが、あなたも私から去られました。私たちはともに離れて過ごしたり、いっしょに過ごしたりしてきました。でも、あなたは他の何よりも私を愛してくださいました。私はあなたに何度となく反抗し、あなたを悲しませました。そのようなことをどうして忘れることができましょう。あなたが私の中で行われた働き、私をいつも信じてくださったことなど私はいつも覚えており、決して忘れることはありません。あなたが私にしてくださった働きで持って、私は最善を尽くします。あなたは私ができることを御存知で、私の役目ももっとご存知です。あなたの願いは私の指令で、私はあなたに持っているもの全てを捧げます。私があなたにできることはあなただけが御存知です。サタンは私をずいぶん欺き、私はあなたに反抗したけれども、あなたはこのような罪を犯した私を覚えておられず、それを基準に私を取り扱われないと信じています。あなたに私の全人生を捧げたいです。私は何も求めませんし、他の望みも計画も持っていません。私はただあなたの意図に従って行動し、あなたの御心を行うことを望むだけです。あなたの苦い杯から飲み、私はあなたの意のままです。」

 あなたがたは自分が歩く道について明確でなければならない。あなたがたがこれから歩く道について、神が完全にさせること、あなたが任されたことなどについても明確でなければならない。いつか、おそらくあなたがたが試されるとき、あなたがたがペテロの体験から霊感を得ることができるなら、あなたがたはペテロの道を歩こうとしていることを示している。ペテロは彼の真の信仰、愛、神への忠誠のために、神に褒められた、そしてそれは神が彼を完全にした彼の実直さ、彼の心の神へのあこがれであった。もしあなたが本当にペテロと同じ愛、信仰を持っているなら、イエスは必ずあなたを完全にしてくれるであろう。

『神の出現と働き』「ペテロはいかにしてイエスを知るに至ったか」(『言葉』第1巻)より

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