日々の神の御言葉: 神の働きを認識する | 抜粋 164
当時のイエスは、その発言も働きも教理には固執しなかった。そして旧約の律法に従って働くこともしなかった。それは、恵みの時代に行われるべき働きに従っていたのである。イエスは、自分の働きをするために自ら働き、自らの計画に沿って働き、自らの任務を遂行した。旧約聖書の律法に従っては働かなか…
数千年にわたる堕落の後、人は麻痺し、物分かりが悪くなり、神に反対する悪魔になり、神に対する人の反抗の歴史は「史記」に記録されるほどになり、人自身でさえその反抗的行いに充分な説明ができなくなってしまっている──サタンによって大いに堕落させられ、惑わされてしまったので、どこで向きを変えたらよいかわからなくなっているのだ。今日でさえ、人はまだ神を裏切っている。人は神を見ると裏切り、見ることができないときもやはり神を裏切る。神の呪いや怒りを目の当たりにしても、それでも神を裏切る人々さえいる。そこでわたしは、人の理知は最初の機能を失い、人の良心も最初の機能を失ったと言う。わたしが目にする人は人の装いをした獣、毒のある蛇であり、わたしの目の前でどんなに哀れっぽく見せようとしても、わたしは決して寛大にはならない。人は白と黒の違い、真理と非真理の違いを把握していないからである。理知は大いに麻痺しているにもかかわらず、人はまだ恩恵を得ようと願い、人間性はひどく下劣であるにもかかわらず、まだ王としての統治を保有しようと願う。そのような理知の持ち主がいったい誰の王になれるというのか。そのような人間性の者がどうして玉座に着くことができようか。実に人は恥を知らない。身の程知らずな卑劣漢である。恩恵を得たいと願うあなたがたに対し、わたしはまず鏡を見つけて、そこに映る自分自身の醜い姿を見ることを勧める。あなたは王になるために必要なものを持っているだろうか。あなたは恩恵を得ることのできる者の顔を持っているだろうか。性質にわずかな変化もなく、真理は何一つ実践していないにもかかわらず、あなたはまだ素晴らしい明日を願っている。あなたは自分自身を欺いている。ひどく汚れた国に生まれ合わせて、人は社会に駄目にされ、封建的倫理の影響を受け、「高等教育機関」で教えを受けてきた。後ろ向きの考え方、堕落した倫理観、さもしい人生観、卑劣な哲学、全く価値のない存在、下劣な生活様式と習慣──これらはすべて人の心をひどく侵害し、その良心をひどくむしばみ、攻撃してきた。その結果、人はますます神から離れ、ますます反対するようになった。人の性質は日ごとに悪質になり、神のために進んで何かを投げ出そうという者は一人としておらず、進んで神に従う者は一人としておらず、さらには神の出現を進んで探し求める者も一人としていない。それどころか、人はサタンの支配下で快楽を追求しているだけで、泥の地で肉体の堕落にふけっている。真理を耳にしたときでさえ、暗闇に生きる人々はそれを実行に移そうとは考えず、たとえ神の出現を見たとしても、神を探し求める気持ちにはならない。こんなにも堕落した人類がどうして救いの機会を持つことができようか。どうしてこんなにも退廃した人類が光の中に生きることができようか。
『神の出現と働き』「性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである」(『言葉』第1巻)より
信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
当時のイエスは、その発言も働きも教理には固執しなかった。そして旧約の律法に従って働くこともしなかった。それは、恵みの時代に行われるべき働きに従っていたのである。イエスは、自分の働きをするために自ら働き、自らの計画に沿って働き、自らの任務を遂行した。旧約聖書の律法に従っては働かなか…
全ての人は、地上でのわたしの働きの目的、すなわち、わたしの働きの最終的な目的、この働きが完了する前にわたしが達成しなければならないレベルを理解する必要がある。もしわたしと未来の日に向かって歩いている人々が、わたしの働きとは一体何であるかを理解していないなら、彼らは意味もなく私と歩…
聖書は旧約・新約聖書とも呼ばれる。あなたがたは「約」の意味を知っているだろうか。「旧約」の「約」は、ヤーウェがエジプト人を殺し、イスラエル人をパロから救ったときの、ヤーウェとイスラエルの民との契約に由来する。もちろん、この契約の証しは鴨居につけた子羊の血であり、神はそれをも…
人間は、どのようにして真の祈りの境地に入ることができるだろうか。 祈る時、あなたの心は神の前に静まっていなければならず、また真摯でなければならない。あなたは真に神と交わり、神に対して祈りを捧げなければならない。また、美辞麗句で神を欺こうとしてはならない。祈りは、神が今日完成する…