日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 404
神が語るとき、ただちに受け取り、自分のものとするために食べるべきだ。どれほど理解していようと、今糧としようとしているものをしっかりと捉え、理解し、神の言葉を実践する。それが、あなたのするべきことだ。自分がどれほど霊的に成長するかを心配することはない。ただ神の言葉を食べることに集中…
数千年にわたる堕落の後、人は麻痺し、物分かりが悪くなり、神に反対する悪魔になり、神に対する人の反抗の歴史は「史記」に記録されるほどになり、人自身でさえその反抗的行いに充分な説明ができなくなってしまっている──サタンによって大いに堕落させられ、惑わされてしまったので、どこで向きを変えたらよいかわからなくなっているのだ。今日でさえ、人はまだ神を裏切っている。人は神を見ると裏切り、見ることができないときもやはり神を裏切る。神の呪いや怒りを目の当たりにしても、それでも神を裏切る人々さえいる。そこでわたしは、人の理知は最初の機能を失い、人の良心も最初の機能を失ったと言う。わたしが目にする人は人の装いをした獣、毒のある蛇であり、わたしの目の前でどんなに哀れっぽく見せようとしても、わたしは決して寛大にはならない。人は白と黒の違い、真理と非真理の違いを把握していないからである。理知は大いに麻痺しているにもかかわらず、人はまだ恩恵を得ようと願い、人間性はひどく下劣であるにもかかわらず、まだ王としての統治を保有しようと願う。そのような理知の持ち主がいったい誰の王になれるというのか。そのような人間性の者がどうして玉座に着くことができようか。実に人は恥を知らない。身の程知らずな卑劣漢である。恩恵を得たいと願うあなたがたに対し、わたしはまず鏡を見つけて、そこに映る自分自身の醜い姿を見ることを勧める。あなたは王になるために必要なものを持っているだろうか。あなたは恩恵を得ることのできる者の顔を持っているだろうか。性質にわずかな変化もなく、真理は何一つ実践していないにもかかわらず、あなたはまだ素晴らしい明日を願っている。あなたは自分自身を欺いている。ひどく汚れた国に生まれ合わせて、人は社会に駄目にされ、封建的倫理の影響を受け、「高等教育機関」で教えを受けてきた。後ろ向きの考え方、堕落した倫理観、さもしい人生観、卑劣な哲学、全く価値のない存在、下劣な生活様式と習慣──これらはすべて人の心をひどく侵害し、その良心をひどくむしばみ、攻撃してきた。その結果、人はますます神から離れ、ますます反対するようになった。人の性質は日ごとに悪質になり、神のために進んで何かを投げ出そうという者は一人としておらず、進んで神に従う者は一人としておらず、さらには神の出現を進んで探し求める者も一人としていない。それどころか、人はサタンの支配下で快楽を追求しているだけで、泥の地で肉体の堕落にふけっている。真理を耳にしたときでさえ、暗闇に生きる人々はそれを実行に移そうとは考えず、たとえ神の出現を見たとしても、神を探し求める気持ちにはならない。こんなにも堕落した人類がどうして救いの機会を持つことができようか。どうしてこんなにも退廃した人類が光の中に生きることができようか。
『神の出現と働き』「性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである」(『言葉』第1巻)より
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神に認められない人 神の心において、信仰が認められたことのない人がいます。換言すると、神がこのような人を追随者であると認めないのです。神が彼らの信仰を称賛しないためです。彼らは何年にわたり神に付き従ってこようが、考えや観点がまったく変わりません。まるで信仰を持たない人のように、未…
人々は人生を経験するにつれ、「自分は神のために家族も仕事も諦めた。神はわたしに何を与えてくれただろうか。神に与えられたものを全て計算して確かめてみなければ。最近何か祝福を与えられただろうか。わたしはずっと多くを捧げ、ずっと走り回り、多くの犠牲を払ってきた。神はその報いとして何か約…