日々の神の御言葉: 人類の堕落を暴く | 抜粋 341

あなたの唇は鳩より優しいが、あなたの心は古い蛇より悪意がある。あなたの唇はレバノンの女性のように愛らしいが、あなたの心は彼女らに比べて優しくはなく、カナン人の美しさと比較にならないことは言うまでもない。あなたの心はあまりに不誠実である。わたしが忌み嫌うのは、不義な人の唇とその心だけである。わたしの人への要求は、わたしが聖人に期待するものよりも高くはない。わたしは不義な人の邪悪な行ないに嫌悪を覚える。わたしが望むのは、彼らが不義な人と一線を画し、義なる者たちと共に生き、共に聖なる者となれるよう、自分の穢れを捨て去り、現在の窮地から脱出できるようになることである。あなたがたはわたしと同じ状況にいるが、あなたがたは穢れで覆われている。創造当初の人間と少しも似ていない。さらに、あなたがたは毎日穢れた霊に倣い、穢れた霊と同じ行動をとり、同じことを言っているので、あなたがたのあらゆる部分、舌や唇までもが穢れた霊の汚水に浸っていて、そのような染みですっかり覆われており、わたしの働きに用いることのできる部分が一つもないほどである。これは実に悲しいことである。馬や牛のそうした世界に住んでいながら、あなたがたは平気でいる。しかも喜びに満ち溢れ、自由かつ気楽に生きている。その汚水の中で泳ぎ回っていながら、自分がそのような窮地に陥ってしまったことに実際に気づいていない。毎日穢れた霊と付き合い、「糞便」と交流する。あなたの生活は実に下品だが、自分が人間の世界には絶対に存在していないこと、自分自身を制御していないことに実際に気づいていない。あなたの人生はとうの昔にそれらの穢れた霊に踏みにじられ、人格はとっくに汚水で汚れてしまっていることを知らないのか。自分が地上の楽園に生き、幸福のただ中にいるとでも思っているのか。穢れた霊と人生を共にし、穢れた霊があなたに用意したあらゆるものと共存してきたことを知らないのか。あなたの生き方に意味などあろうか。あなたの人生に価値などあろうか。穢れた霊である両親のために今まで忙しく走り回って来たが、あなたを陥れたのがあなたを生み、育てた穢れた霊である両親だとは知らないでいる。さらには、自分のあらゆる穢れが実際には彼らから与えられたものだと気づかず、彼らは「楽しみ」をもたらせるものの、自分を罰することも裁くこともなく、呪うことなど特にしないということしか、あなたは知らない。彼らがあなたに怒りを爆発させたことはなく、あなたを愛想良く、親切に扱う。彼らの言葉はあなたの心を養い、あなたを虜にし、そのためあなたは迷い、知らず知らずのうちに引き込まれ、進んで彼らに尽くすようになり、彼らのはけ口、しもべとなる。あなたは不平一つ言わず、犬や馬のごとく彼らのために喜んで働こうとする。あなたは彼らに惑わされている。それゆえ、わたしが行なう働きにあなたは決して反応しない。いつも密かにわたしの手からすり抜けたがるのも、またわたしの好意を騙し取るためにいつも甘い言葉を使いたがるのも、不思議ではない。結局のところ、あなたにはすでに別の計画、別のはかりごとがあったのだ。あなたは全能者としてのわたしの行ないをわずかに見ることができるものの、わたしの裁きと刑罰については微塵も知らない。わたしの刑罰がいつ始まったのかを知らず、知っているのはいかにしてわたしを騙すかだけであり、わたしが人間の違背を一切容赦しないことは知らない。あなたはもうわたしに仕える決意を固めているので、わたしはあなたを手放さない。わたしは悪を嫌う神であり、人類に嫉妬する神である。あなたはすでに祭壇で誓ったのだから、あなたがわたしの目の前で逃げ出すことも、二人の主人に仕えることも許しはしない。わたしの祭壇で、わたしの目の前で誓った後に、二番目の愛する対象をもてると思ったのか。人がそのようにわたしを笑いものにすることを、わたしが許すことなどあろうか。あなたは自分の舌でわたしに軽々しく誓いを立てられるとでも思ったのか。いと高き者であるわたしの玉座に誓いを立てることなどどうしてできたのか。誓いなどすでに消え去ったとでも思ったのか。あなたがたに言っておくが、たとえあなたがたの肉体が消え去ろうとも、あなたがたの誓いが消えることはあり得ない。最後にわたしは、あなたがたの誓いに基づいてあなたがたを断罪する。しかし、あなたがたは言葉をわたしの前に置くことでわたしに対処できると信じ、自分の心は穢れた霊と邪悪な霊に仕えることができると考える。わたしを騙すこうした犬や豚同然の人間を、どうしてわたしの怒りが容赦できようか。わたしは行政命令を執行し、わたしを信じるこれらの堅苦しく「敬虔な」者たちを穢れた霊どもの手から奪い返さなければならない。そうすることで、彼らは規律正しくわたしに「仕え」、わたしの役牛となり、馬となり、わたしのなすがままに殺される。わたしはあなたに以前の決意を取り戻させ、もう一度わたしに仕えさせる。わたしを騙すどのような被造物も許さない。あなたはわたしにただ気まぐれに要求し、わたしの前で嘘をつくことができると思ったのか。あなたの言動をわたしが見聞きしていないとでも思ったのか。あなたの言動がわたしの目に触れないことなどあるはずがない。人がそのようにしてわたしを騙すことを、どうしてわたしが許せようか。

『神の出現と働き』「あなたがたは人格が卑しすぎる」(『言葉』第1巻)より

信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。

関連記事

日々の神の御言葉: 神の性質、および神が所有するものと神そのもの | 抜粋 258

あなたが泣き声を上げてこの世にやって来るその瞬間から、あなたはあなたの本分を果たし始める。あなたは、神の計画と神の定めにおいてあなたの役割を担う。あなたは人生の旅路を始めるのである。あなたのこれまでの背景がどうであろうと、あなたのこれからの旅路がどのようなものであろうと、天が備え…

日々の神の御言葉: 受肉 | 抜粋 109

キリストの働きと現れはキリストの本質を決定する。キリストは託された働きを真心を持って完成することができる。キリストは天にいる神を心から崇拝し、真心を持って父なる神の心を求めることができる。これはすべてキリストの本質によって決定されている。そしてキリストの自然な現れもキリストの本質…

日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 551

識別力を身に付け、服従し、物事を見抜く力を身に付けて霊的に鋭敏であるということは、何かに直面するとすぐに、神の言葉が内側から照らし啓くということである。これが霊的に鋭敏であるということである。神が行うことは全て人間の霊を復活させるためである。なぜ神は人間は麻痺しており愚鈍であると…

日々の神の御言葉: 受肉 | 抜粋 116

神が人を救うとき、霊の手段を通したり、霊として直接行なわない。というのは、神の霊は人が触れることも見ることもできず、人が近づくこともできないからである。もし神が霊として直接人を救おうとするなら、人は神の救いを受け入れることはできないであろう。そして、もし神が造られた人の外形をまと…