人類の神への信仰で最も悲しい点

人類の神への信仰の最も悲しい点は、神の働きの只中に人間が自分なりの経営を行い、神の経営そのものには無関心なことである。人間の最大の失敗は、神に服従し神を礼拝することを求めると同時に、人間は自分なりの理想の終着点を打ち立て、どうしたら最大の祝福を得て最高の終着点に行けるかを計算しているところにある。たとえ自分がいかに憐れむべき、憎しみに満ちた哀れな存在かを理解したとしても、自分の理想や希望を簡単に捨て去ることのできる人がどれだけいるだろうか。また、誰が途中で足を止め、自分の事だけを考えるのをやめられるだろうか。


神と密接に協力して、その経営を完成する者を神は必要としている。神に服従するために、神の経営の働きに身も心も捧げる人を神は必要としている。神は毎日手を伸ばして神に物乞いする者は必要ではない。まして、わずかばかりを差し出して、その報酬を受けようと待っているような者は、無用である。わずかばかり貢献して自分の栄冠に満足するような者を神は嫌う。神の経営の働きを嫌がり、天国に行って祝福を得ることだけを話したがる心無い人々を神は憎む。それにもまして、神が人類を救うために行なう働きがもたらす機会を通じて利を得ようとする人々を、神は嫌う。


そうした人は、神が経営の働きで成し遂げ、獲得しようとしていることにはまったく無関心だからである。そういう人々は、神の働きがもたらす機会を利用していかに祝福を受けるかということだけに気をもんでいる。彼らは、神の心には無関心で、自分たちの未来と運命のことだけに没頭している。神の経営の働きを嫌い、神がどのように人類を救うかとか、神の心についてはまるで関心がない人々は皆、神の経営(救い)の働きと無関係に好き勝手をしている。彼らの行動は、神によって記憶されず 、認められず、まして神に喜ばれることなどない。


『言葉は肉において現れる』の「神の経営の中でのみ人は救われる」より編集

前へ: 神の言葉に背く者をどうして神は赦せようか

次へ: あなたがたはまだ神から多くを得ていないのか

信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
連絡先
Line経由で連絡する

関連記事

神を証しするには性質の変化がなければならない

神の様々な働きは人の性質を変える 変化なくして証し出来ず 神の心にも適わない 性質が変化した人は サタンと闇から解かれて 神の働きの模範となる 神の心に適う、神の証し人 神の証し人は神を認識しなければならない この証しだけが本物で サタンを恥じ入らせる 刈り込みと取扱いと裁…

神を崇め悪を避ける者を神は救う

ノアの時代に 人類は迷って堕落をし 神の祝福を失った もはや神の配慮は得られずに 神の約束は失われた 神の光りを失くした 彼らは暗闇の中で生き ふしだらな性質になり 恐ろしい堕落へと身を任せた ノアだけが悪を避け神を崇めたので 神の声と指示を聞くことができ 神の命令に従って箱舟を…

患難の中で証しに立つ者たちは勝利者だ

神の国の時代 人は完全にされる 神の国の時代に実に完全に 征服の業が終わる時 人は精錬と患難を通らされる 征服が終われば 患難の中、勝利する者、証しに立つ者 ああ、彼らこそが 最後に完全にされ、勝利者となるだろう 患難の間 人には精錬が望まれる それは神の業の最終段階だ 神…

全能者の超越性と偉大さ

いつも神の意のまま 神の見守る中 雷光のような速さで この世界は変わることがある 人が夢にも思わなかったことが到来するだろう 人が長らく手にしていた物は 消え去ってしまうだろう 神の足跡を知る者は誰もいない 誰も彼の力の偉大さを把握できない 人に見えないものを感知するのが神の超…

設定

  • 文章
  • テーマ

単色

テーマ

フォント

文字サイズ

行間

行間

ページ幅

目次

検索する

  • 表示テキスト内検索
  • 全文検索