善悪を測る神の基準

人の行ないが善か悪かを判断する基準は何か。それは、考えや表現や行動において、真理を実行に移し、真理の現実を生きる証しを有しているかどうかによる。その現実がなかったら、あなたは間違いなく悪を行なう者である。あなたの考えや外面的行動は神の証しをするものでも、サタンを辱めたり打ち負かしたりするものでもない。むしろ神を辱めるものであり、神に恥をかかせる印に満ちている。あなたは神の証しをしておらず、神のために自分を費やしておらず、神に対する責任と義務を果たしていない。むしろ自分のために行動しているのである。「自分のために」とは、実際にはサタンのためにという意味である。

ゆえに、神は結局「あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ」と言う。神の目から見ると、あなたは何の善行もしておらず、むしろあなたの振る舞いは邪悪なものに変わってしまったのだ。あなたが報われることはない。神はあなたのことを思い出さない。それはまったく虚しいことではないか。本分を尽くしている一人ひとりにとって、真理の理解の深さがどれほどであろうと、真理の現実に入ることを望むなら、自分が行なうすべてのことにおいて神の家の益を考え、自分の利己的な欲求、個人的な意図、動機、面子、地位を捨てるのが最も簡単な実践の方法である。神の家の益を第一にしなさい。これが行なうべき最低限のことである。本分を尽くしている人がこの程度のことさえできないのであれば、その人は効力者であって本分を尽くしていない。

『キリストの言葉の記録』の「真心を神に捧げると真理を得ることができる」より編集

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