神は人から何を得るのか

神が人類を救うのは、愛と慈悲ゆえであり、また経営のためである。人類が神の救いを受けるのは、神が直接に話さずにはいられないところまで人類が落ちたからである。人間が神の救いを受けるのは、最も偉大な恵みであり、また特別な好意でもある。つまり、神が直接に声を出して言葉を発していなければ、人類の運命は絶滅であったであろう。神が人類を嫌悪するのと同時に、神はまだ人間の救いのために代価を払う準備も覚悟もある。一方、人間は自らの神への愛やいかに人間がすべてを神に奉献するかをしつこく繰り返しつつ、神に反抗したり、あらゆる種類の恵みを神からゆすりとったり、同時に神を傷つけたり、言いようのない痛みを神の心に与えている。これが神と人間の関係における利他的なものと利己的なものの際立った対照である。

人にとっては、神を被造物である人間のうちの一人と捉えるのは簡単である。人類が神に与える最大の痛みと屈辱はまさに、神が公然と出現し働いていても、いまだに人間に拒絶され、忘れられさえするということである。神は人類を救済するためにこの最大の屈辱に耐える。すべてを与えることにおいて、神の目的は人間を救い、人間の承認を得ることである。これらのことすべてのために神が払った代価は、良心をもつ人ならば本当によくわかるはずのものである。人類は神が話し働くということと、神の救いを得た。しかし同時に、では神が人類から得たものは何であろうか、と尋ねようとは誰も思っていない。神の言葉の一つひとつから、人類は真理を得、変化することに成功し、人生の方向性を見出した。しかし、神が得たものは、人が神に対する負債を表現するために用いる言葉と、消え行きそうな数少ない讃美のささやきだけである。まさかこれが神が人間に要求する恩返しではあるまい。

『言葉は肉において現れる』の「序論」より編集

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