あなたがたは人格が卑しすぎる

あなたがたは皆優雅という席に着き、自分とよく似た若い世代に訓戒し、彼らを皆傍に座らせている。あなたがたの「子孫たち」がはるか以前に息切れしてわたしの働きを失ったことなど、あなたがたは知らない。わたしの栄光は東の地から西の地まで輝き渡る。しかし、わたしの栄光が大地の果てまで広がり、高まり光を放ち始める時、わたしは東から栄光を取り、西にもたらす。わたしを東で見捨てた闇の民がその時から照らしを奪われるようにするためである。これが起こる時、あなたがたは影の谷に住むことになる。今日の人間は以前よりも百倍は良くなっているが、それでもまだわたしの要求を満たすことができず、未だにわたしの栄光の証しではない。あなたがたが以前より百倍も良くなったのは、ひとえにわたしの働きの成果である。地上でのわたしの働きから生まれた実なのである。しかし、わたしは未だにあなたがたの言葉や行い、そしてあなたがたの人格に嫌悪を感じ、わたしの前でのあなたがたの振舞い方について激しい憤りを感じる。あなたがたはわたしを全く理解していないからである。そのようなことでわたしの栄光を表わす生き方がどうしてできようか。わたしがこれから行う働きに全く忠実でいることなどどうしてできようか。あなたがたの信仰はとても美しい。あなたがたは喜んで自分の一生をわたしの働きのために費やし、自分の命をそのために捧げると言う。しかし、あなたがたの性質はあまり変わっていない。実際の振る舞いはとても悲惨であるのに、あなたがたはただ傲慢に語る。まるで、人の舌と唇は天国にあるが、足は遥か下の地上にあるかのようで、それゆえ、人の言動と評判は未だにずたずたになったままである。あなたがたの評判は崩れ、作法はひどく、話し方は卑しく、人生は嘆かわしい。あなたがたの人間性の全体が卑しい低劣さに沈み込んでいる。他人に対して心が狭く、些細なことの一つ一つにうるさいほどこだわる。自分の評判や地位のことで口喧嘩し、そのためには地獄や火の湖にまで落ちることを辞さない。あなたがたの現在の言動だけで、あなたがたを罪深いと断定するにわたしには十分である。わたしの働きに対するあなたがたの態度は、あなたがたを不義な人と判断するのにわたしには十分で、あなたがたの全性質は、あなたがたが嫌悪すべきものに満ちた穢れた魂であると指摘するのに十分である。あなたがたが示し表わすものは、あなたがたが穢れた霊の血をたっぷり飲んだと判断するのに十分である。神の国に入ることの話になると、あなたがたは感情を露わにしない。今の自分のあり方が、天にあるわたしの国への門を通るに相応しいとあなたがたは信じているのか。あなたがたは自分の言葉と行いがまずわたしに試されることなく、わたしの働きと言葉の聖なる地に入れると信じているのか。誰がわたしの目をうまく欺けるだろうか。どうしてあなたがたの卑劣で下賤な行動と会話がわたしの目を逃れることなどできようか。わたしはあなたがたの生活を穢れた霊の血を飲み肉を喰らう生活と決めた。なぜなら、毎日あなたがたはわたしの前で穢れた霊の模倣をするからである。わたしの前で、あなたがたの振る舞いはとりわけ酷かった。どうしてそれに嫌悪を抱かずにいることができようか。あなたがたの言葉には穢れた霊の不純さが含まれている。ちょうど魔術を行う者や、また不義な者の血を飲む不実な者のように、あなたがたは騙し、隠し、お世辞を言う。人間の表わすものは全て極めて不義である。それならば、義なる人のいる聖なる地にどうしてあらゆる人が置かれることがありえるのか。あなたの卑劣な振る舞いが、不義な人と比較するとあなたを聖なるものと区別できるとでも思うのか。あなたの蛇のような舌は、破滅と嫌悪すべきものを引き起こすあなたのその肉体をやがて滅ぼす。穢れた霊の血で覆われたあなたのその手もまた、あなたの魂を地獄へと引きずり込む。それなのになぜ、この機会に飛びついて穢れだらけの手を清めないのか。なぜこの機会を利用して、不義の言葉を語るその舌を切り取らないのか。自分の手、舌、唇のために地獄の炎で苦しむ覚悟があるということなのか。わたしは両目であらゆる人の心を見守り続ける。人類を創造する遥か以前に、わたしの手中に人の心を掴んでいたからである。わたしは遥か昔、人間の心を見通していた。どうして人の思いがわたしの目を逃れることができようか。わたしの霊に焼かれることから逃れるには遅すぎないということがどうしてありえようか。

 あなたの唇は鳩より優しいが、あなたの心は古い蛇より悪意がある。あなたの唇はレバノンの女性ほど美らしいが、あなたの心は彼女らより優しくはなく、カナン人の美しさと比較にならないことは言うまでもない。あなたの心はあまりに不誠実である。わたしが忌み嫌うのは、不義な人の唇とその心だけである。わたしの人への要求は、わたしが聖人に期待するものよりも高くはない。わたしは不義な人の邪悪な行いを忌み嫌う。わたしが望むのは、彼らが自分の穢れを捨て去り、現在の窮地から脱することができることである。不義な人と一線を画し、義なる人とともに生き、ともに聖なるものとなることができるようにである。あなたがたはわたしと同じ状況にいるが、あなたがたは穢れで覆われている。創造当初の人間と少しも似ていない。さらに、あなたがたは毎日穢れた霊に倣い、穢れた霊と同じ行動をとり同じことを言い、穢れた霊の汚い水にあなたがたのあらゆる部分、舌や唇までも浸っていて、あなたがたすっかりそのような染みで覆われており、わたしの働きに用いることのできる部分がひとつもないほどである。これは実に悲しいことである。そんなまるで馬や牛の世界に住んでいながら、あなたがたは平気でいる。しかも喜びで満たされて、自由に気楽に生きている。その汚水の中で泳ぎ回っていながら、自分がそのような窮地に陥ってしまったことに実際に気づいていない。毎日穢れた霊と付き合い、「糞便」と関わる。あなたの生活は実に下品だが、自分が人間の世界には絶対に存在していないこと、自分自身を制御していないことに実際に気づいていない。あなたの人生はとうの昔に穢れた霊に踏みにじられ、人格はとっくに汚水で汚れてしまっていることを知らないのか。あなたは自分が地上の楽園に生き、幸福の只中にいると思っているのか。穢れた霊とならんで人生を共にし、穢れた霊があなたに用意したあらゆるものと共存してきたことを知らないのか。あなたの生き方に意味などあろうか。あなたの人生に価値などあろうか。穢れた霊である両親のために今まで忙しく走り回って来たが、あなたを陥れたのがあなたを生み、育てた穢れた霊である両親だとは知らないでいる。さらには、穢れが全て彼らから与えられたものだとは知らず、知っているのは彼らは「楽しみ」をもたらすことはできるが、あなたに罰を与えたり裁いたりはせず、特に呪うことなどないということだけである。彼らはあなたに向けて怒りを爆発させたことなどなく、あなたを愛想良く、親切に扱う。彼らの言葉はあなたの心を養い、あなたを虜にし、そのためあなたは迷い、知らず知らずのうちに引き込まれ、進んで彼らに尽くすようになり、彼らのはけ口、しもべとなる。あなたは不平ひとつ言わず、犬や馬のごとく彼らのために喜んで働こうとする。あなたは彼らに惑わされている。それゆえ、わたしが行う働きにあなたは全く反応しない。いつも密かにわたしの手をすり抜けたがるのも、わたしの好意を騙し取るために、いつも甘い言葉を使いたがるのも、不思議ではない。結局あなたには既に別の計画、別の図り事があった。全能者としてのわたしの行いもあなたには僅かに見えるものの、わたしの裁きと刑罰については微塵も知らない。わたしの刑罰がいつ始まったのかをあなたは知らず、知っているのはいかにしてわたしを騙すかだけであり、わたしが人間の違反行為を容赦しないことは知らない。あなたは既にわたしに仕える決意を固めているので、わたしはあなたを手放しはしない。わたしは悪を嫌う神であり、人類に嫉妬する神である。あなたは既に祭壇で誓ったのだから、あなたがわたしの目の前で逃げ出すことも、二人の主人に仕えることも許しはしない。わたしの祭壇で、わたしの目の前で誓った後に、二番目の愛する対象をもてると思ったのか。そんな風に人がわたしを笑いものにするのを許すことなどあろうか。あなたは自分の舌で気軽にわたしへの誓いを立てられるとでも思ったのか。至上の者であるわたしの玉座に誓いを立てることなどどうしてできたのか。誓いなど既に消えてしまったと思ったのか。あなたがたに言っておくが、たとえあなたがたの肉体が消えようとも、あなたがたの誓いは消えはしない。最後には、あなたがたの誓いに基づいてわたしはあなたがたを断罪する。しかし、あなたがたは言葉をわたしの前に置くことでわたしに対応できると考え、あなたがたの心は穢れた霊と邪悪な霊に仕えることができると考える。わたしを騙す犬や豚同然の人間をどうしてわたしの怒りが容赦できようか。わたしは行政命令を執行し、穢れた霊どもの手から、わたしを信じる、堅苦しく「敬虔な」者たちを奪い返さなければならない。そうすることで、彼らは規律正しくわたしに「仕え」、わたしの役牛となり、馬となり、わたしのなすがままに殺される。あなたに以前の決意を取り戻させ、もう一度わたしに仕えさせる。わたしをだますどのような創造物も許さない。あなたはわたしに気まぐれに要求し、わたしの前で嘘をつくことができると思ったのか。あなたの言動をわたしが見聞きしていないとでも思ったのか。あなたの言動がわたしの目に触れないことなどあるはずがない。人がそのようにわたしをだますがままにすることなどどうしてできようか。

 わたしはずっとあなたがたの間にいて、いくつもの春と秋をあなたがたと付き合いながら過ごしてきた。わたしは久しくあなたがたのもとで暮らし、共に生きてきた。あなたがたの卑劣な振る舞いのどのくらいが、わたしの目の前をすり抜けただろうか。あなたがたの心からの言葉は常にわたしの耳に響いている。わたしの祭壇の上に、あなたがたは何百万もの望みを並べた。多すぎで数えられないくらいである。にもかかわらず、あなたがたの献身、費やしたものといえば皆無である。あなたがたはひとしずくの誠意すらわたしの祭壇に捧げていない。わたしへの信仰の実りはどこにあるのか。あなたがたは無限の恵みをわたしから受け、果てしなく続く天の奥義を見た。わたしは天の炎さえもあなたがたに見せたが、あなたがたを焼き尽くすような心は持っていなかった。それなのにあなたがたはどれほどをわたしに返したというのか。どれほどを進んでわたしにくれるのか。わたしが与えた食物を手に、振り返ってそれをわたしに与える。しかも、それは自分が汗水たらして得たもので、自分がもつ全てのものを捧げているのだと言わんばかりである。あなたからわたしへの「寄付」は全てわたしの祭壇から盗んだものだとどうして知らないのか。さらに、今やそのようなものをわたしに捧げて、わたしをだましているのではないのか。今日わたしが喜ぶものは、わたしの祭壇に捧げられたものであり、あなたが労苦した見返りとして得て、わたしに差し出したものではないことがどうしてわからないのか。あなたがたは実際に厚かましくもこのようにわたしを騙しているのだから、どうしてわたしがあなたがたを許せようか。こんな状態をこれ以上わたしが耐え続けられるとどうしてあなたがたは思うのか。わたしはあなたがたに全てを与えた。わたしはあなたがたに全てを開放し、必要を満たし、あなたがたの目を開いた。にもかかわらず、あなたがたはこうしてわたしを騙し、良心を無視する。わたしは無欲にもあなたがたに全てを与えた。たとえあなたがたが苦しんでも、わたしが天からもたらした全てを得られるようにである。それなのに、あなたがたには全く献身がなく、ほんの少し寄付したとしても、後になってわたしと「精算」しようとする。あなたが捧げたものなど無に等しいのではないのか。自分は砂粒ひとつだけを差し出しておいて、わたしには金を1トン要求してきた。あなたは理不尽そのものではないか。わたしはあなたがたの間で働く。わたしの受けるべき一割の形跡など全くなく、追加の犠牲など勿論ない。さらには、信心深い者たちの捧げた一割は悪い者が取り上げている。あなたがたは皆わたしから離れているのではないか。皆わたしに敵対しているのではないのか。皆わたしの祭壇を破壊しているのではないか。そのような人間がわたしの目に宝と映ることなどあろうか。それはわたしの嫌う豚や犬ではないのか。あなたがたの邪悪な行いを宝物と呼ぶことなどどうしてできようか。わたしの働きは実際に誰のために行われるのか。もしかして、その目的はただあなたがた全員を打ち倒し、わたしの権威を現わすことなのか。あなたがたの命はすべて、わたしの発する一言にかかっているのではないのか。なぜわたしはあなたがたを指導するのに言葉だけを用い、言葉を事実に変えてあなたがたをできるだけ早く打ち倒さないのか。わたしの言葉と働きは、人類を打ちのめすためだけのものなのか。わたしは罪なき者を無差別に殺す神なのか。まさに今、あなたがたのうち何人が人生の正しい道筋を求めて、全身全霊でわたしの前に来ているのか。わたしの前にいるのはあなたがたの身体だけである。心は野放しのままで、わたしから遥か遠くにある。わたしの働きがどのようなものか知らないので、あなたがたの多くはわたしから離れて遠くにいたがり、その代わり刑罰も裁きもない楽園に住むことを望む。これが人の心の願いではないのか。わたしは決してあなたに強制しているのではない。どのような道を進むかはあなた自身の選択である。今日の道には裁きと呪いが伴う。だがあなたがたが皆知るべきなのは、わたしがあなたがたに授けたものは全て、裁きであれ刑罰であれ、提供できうる最上の贈り物であり、どれもあなたがたが至急必要なものであるということである。

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