日々の神の御言葉: 終着点と結末 | 抜粋 588
人は今日の働きも将来の働きも多少理解できるが、自らの終着点を理解していない。被造物として、人はその本分を果たすべきである。つまり、人は何をする場合にも神に従うべきで、わたしがあなたがたに示す方向がどのようであれ、その方向に進むべきである。あなたは自分のための取り計らいの方法を知ら…
わたしは神の国を支配し、さらに、全宇宙を支配している。わたしは神の国の王であるとともに、全宇宙の主でもある。今から後、わたしは選民でない人々をすべて集め、異邦人の間で働きを始める。そして、わたしの行政を全宇宙に告げ、わたしの働きの次の段階を開始できるようにする。わたしは異邦人の間にわたしの働きを広めるために刑罰を与える。つまり、異邦人である者たちには「力」を用いるということだ。当然、この働きは、選民たちの間でのわたしの働きと同時に進められる。わたしの民が支配し、地上で力を振るう時はまた、地上のすべての人が征服される日であり、そして、さらに、わたしが憩うときでもある。そして、その時初めて、わたしは征服した人々みなの前に姿を現す。わたしは聖なる国では姿を現し、汚れた地では姿を隠す。征服されわたしに従順となった者はみな、その目でわたしを見ることができ、その耳でわたしの声を聞くことができる。これが終わりの日に生まれた者の恵み、これがわたしの定めた恵みであり、これはどの人間にも変えることができないのだ。今日、わたしは将来の働きのために、このように働きを行っている。わたしの働きはすべて関連していて、その全体は呼びかけとそれへの応えである。どの段階も突然止まることはない。そして、どの段階も他のものと独立して実行されたことがない。そうではないか。過去の働きは、今日の働きの基礎なのではないか。過去の言葉は、今日の言葉の先触れなのではないか。過去の手順は今日の手順の元なのではないか。わたしが正式に巻物を広げる時、全宇宙の人々は罰され、世界中の人々は試練を受ける。それがわたしの働きのクライマックスなのだ。すべての人々は光のない場所に住み、すべての人々は、環境の脅威にさらされながら生きる。つまり、これは、創造の時以来、現在に至るまで、人間が経験したことのない生活であり、全ての時代を通じて、誰一人こうした生活を「享受」した者はいないのだ。だから、わたしは、かつて行われたことのない働きをすると言うのである。これが実際的な状況なのであり、これが内なる意味なのだ。わたしの日がすべての人類に近づいており、それは天の果てにあるのではなく人間の目の前にあるのだから、誰が恐れずにいられよう。そして、誰がこれを喜ばずにいられよう。汚れたバビロンはついに終わりを迎える。人間はま新しい世界を見て、天と地は変わり、新たになった。
わたしがすべての国々とすべての人々の前に現れるとき、白い雲が激しく空に動き、わたしを護る。また、地の鳥たちはわたしを喜んで歌い踊り、地上の空気を生き生きさせる。そうして、地上のすべてのものに活気を与え、もはや「沈鬱に沈む」ことなく、代わりに活力のある雰囲気の中で生きられるようにする。わたしが雲の中にいると、人間はぼんやりとわたしの顔と目を認め、そうした時、少しの恐怖を感じる。昔、人間は伝説でわたしに関する「歴史的記録」を聞いたことがあるが、その結果、わたしについて半信半疑である。人間には、わたしがどこにいるか、わたしの顔がどれほど大きいか、わからない。それは海ほど広いのか、それとも、緑の野のように際限がないのか。誰一人、そうしたことを知らない。人間が今日、雲の中にわたしの顔を見たときはじめて、伝説のわたしは「実体」をもつと感じ、そこで、もう少し、わたしに好感を持つようになる。わたしについての物語があればこそ、人間のわたしへの崇敬は少しだけ増す。しかし、人間はまだわたしを知らず、雲の中にわたしの一部を見ているだけである。その後、わたしは両腕を伸ばし、人間に見せる。人間は驚き、わたしの手で打ち倒されるのではないかと深く恐れて、口を手で塞ぐ。そこで、わたしへの尊崇の念にすこしばかりの畏れが加わる。人間はわたしのあらゆる動きをじっと見ている。よそ見をしている時にわたしに打ち倒されるのではないかと、深く恐れている。しかし、人間に見られているからといって、わたしは気にせず、手を動かして働きを続ける。わたしの行いすべてによってはじめて、人間はわたしを好意的に見、そうして徐々にわたしの前に来て、わたしと交流するようになる。わたしのすべてが人間に明かされると、人間はわたしの顔を見、それ以後、わたしはもはや自分を隠したり、ぼんやりと見せたりすることをしない。全宇宙で、わたしは公然とすべての人の前に現れ、肉なる者はみな、わたしの行いをすべて見る。霊に属する者は、必ずわたしの家に安らかに住まい、必ずわたしとともにすばらしい恵みを享受する。わたしが大事にする者たちは、必ず刑罰を免れ、霊の痛みと肉の苦しみを免れる。わたしはすべての人の前に公然と現れ、支配し、力を振るう。そうして、死体の臭いがもはや全宇宙に満ちることがなく、代わりに、わたしのさわやかな香気が全世界に広まる。わたしの日が近づいたので、人間は目覚めつつある。地上のすべてが秩序立てられ、地の「生き残り」の日が終わったのだ。わたしが到着したのだから。
『神の出現と働き』「全宇宙への神の言葉、第二十九章」(『言葉』第1巻)より
神は神の国で王権を振るい、宇宙を統べ治める。神は神の国の王、宇宙の頭。
今より後、神は選ばれていない全ての者を集める。今から神は異邦人の中で働き始める。今より、神が全宇宙に行政命令を発令する。次の働きを順調に進めるために。
今より、神は刑罰により異邦人の間に働きを広める。今より、全ての異邦人に対し、神は力を使う。今より、選民の中で働く間、神がそれをする。神の民が権力を振るう時、地上の全ての者が征服される。神は安息し、征服された者たちに現われる。神は神の国で王権を振るい、宇宙を統べ治める。神は神の国の王、宇宙の頭。神は聖なる国に現われ、穢れた地から自らを隠す。征服され神に従う者はみな神の顔を見ることができる。彼らはその目で神を見、その耳で神の声を聞く。これが終わりの日に生まれた者に神が予め定めた祝福。神は神の国で王権を振るい、宇宙を統べ治める。神は神の国の王、宇宙の頭。
神が巻物を開く日は、全ての人々が罰せられる日。神が巻物を開くと、世界中の人が神の試練に遭う。神が巻物を開くと、神の業が頂点に達する。全ての人は光のない地に住み、その環境に怯えて暮らす。神は神の国で王権を振るい、宇宙を統べ治める。神は神の国の王、宇宙の頭。神の日が目前まで近づいたから、誰が恐れずにいられようか。喜ばずにいられようか。穢れた都バビロンに遂に終わりが来た。人は真新しい世界に出会った。天地の全てが新たになった。
『小羊に従って新しい歌を歌おう』より
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人は今日の働きも将来の働きも多少理解できるが、自らの終着点を理解していない。被造物として、人はその本分を果たすべきである。つまり、人は何をする場合にも神に従うべきで、わたしがあなたがたに示す方向がどのようであれ、その方向に進むべきである。あなたは自分のための取り計らいの方法を知ら…
創造主の統治を知る機会を逃してはならない 人生を構成する数十年間は短くも長くも無い。出生から成人までの20年余りは一瞬にして過ぎ去り、人生のこの時点で成人とみなされるものの、この年頃の人間は、人生や人間の運命に関して、ほぼ何も知らない。多くの経験を重ねながら、次第に中年期へと移…
聖書はイスラエルにおける神の働きの歴史記録であり、古代の預言者たちによる預言の多くと、ヤーウェが当時働きを行なう中で発した言葉の一部が記載されている。それゆえ、人々はこの本を神聖なものとして尊ぶ(神は聖く、偉大であるから)。もちろん、これはみな、ヤーウェに対する人々の畏敬と、神に…
神が人々に対して行う働きのあらゆる段階で、物事があたかも人の手配で生まれたかのようであり、あるいは人の干渉から生まれたかのようであり、外面的には人々の間の相互作用のように見えるかもしれないが、舞台裏では、働きのあらゆる段階、起こるすべてのことは、神の面前でサタンが作った賭けの対象…