日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 21
神はその働きを人間の創造の時からずっと行ってきている。最初、その業はとてもシンプルだった。だがシンプルであったにしても、神の本質や性質はその業に内包されている。今になって、神の仕事が高まり、神は自分に付き従う者に対して膨大な量の具体的な働きを行い、大量の言葉を語った。しかし始めの…
神はこの世を創造し、神がいのちを授けた生けるものである人を、この世にもたらした。次いで、人は両親や親族を持つようになり、もはやひとりぼっちではなくなった。人が最初にこの物質的な世界を見て以来ずっと、人は神の定めの範囲内で存在するように運命づけられた。生けるものひとりひとりを成人になるまでの成長を通じて支えるのは、神からのいのちの息である。この過程において、神の配慮の下で人が生き、成長しているとは誰も信じない。むしろ、人は彼が彼の両親の愛情と配慮の下で成長し、彼の成長はいのちの本能によって支配されていると考える。これは、誰がいのちを授けてくれたのか、それはどこから来たのかについて人が知らず、ましてやどのようにいのちの本能が奇跡を作り出すのかについては更に知らないからである。人にはただ、食物がいのちの継続の礎であり、忍耐がいのちの存続の源であり、人が頭で考える信念が、人の生存の資本であるということだけが分かっている。人は神からの恵みと備えを感じない。そして人は、神によって授かったいのちを浪費するのである……神が日夜顧みている者のなかで、進んで神を礼拝しようとする者はひとりもいない。神は、何の期待も持っていない人に対して計画した通りの働きを続ける。神は、いつの日か、人が夢から覚め、突然いのちの価値と意義について悟り、神が人に全てを与えたその代価がどれほどかを理解し、神がどれだけ熱烈に、人が自身のもとへ戻ってくるよう望んでいるかを知ることを望みながら、その働きを続ける。かつて、人のいのちの起源と継続の秘密を深く考えた者は誰もいない。それでもなお、このことをすべて理解している神ひとりが、神からすべてを受け取ったにも関わらず感謝の気持ちを持たない人からの苦痛と打撃に、静かに耐えるのである。人は、いのちがもたらすものすべてを当たり前のこととして考える、そして、「当然のこととして」神は人から裏切られ、忘れ去られ、ゆすり取られている。神の計画は本当にそれほど大切なのだろうか。神の手によって生まれた生けるものである人は、本当にそれほど大切なのだろうか。神の計画は絶対的な重要性をもっている。しかし、神の手によって創造される生けるものは、神の計画のために存在するのである。したがって、神は、この人類に対する憎しみから自分の計画を無駄にすることはできないのである。神がすべての苦しみを耐えるのは自分の計画と吐いた息のためであり、人の肉のためではなく、人のいのちのためである。神は、人の肉ではなく、神が吐き出したいのちを取り戻したいと望む。これが神の計画である。
『神の出現と働き』「神は人間のいのちの源である」(『言葉』第1巻)より
信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
神はその働きを人間の創造の時からずっと行ってきている。最初、その業はとてもシンプルだった。だがシンプルであったにしても、神の本質や性質はその業に内包されている。今になって、神の仕事が高まり、神は自分に付き従う者に対して膨大な量の具体的な働きを行い、大量の言葉を語った。しかし始めの…
神は自身の働きを全宇宙において行う。神を信じる者はすべて、神の言葉を受け入れ、神の言葉を食べて飲まなければならない。何人といえども、神によって示されるしるしや不思議を見ることを通して、神のものとされるはずがない。時代を超えて、神は常に、人を完全にするのに言葉を用いてきた。したがっ…
サタンは科学という名のもとに、人間の好奇心や、科学を探究し、神秘を調査する欲望を満たします。またサタンは、科学の名のもとに、人間の物質的必要性と、生活の質を継続的に向上させる要求を満たします。したがって、サタンは科学という名のもとに、科学を手段として用いて人間を堕落させるのです。…
初めて社会科学の考えを持つようになってから、人の精神は科学と知識に占領されてしまった。それからすぐ、科学と知識は人類を支配する道具となり、もはや人が神を礼拝する充分な余地はなくなり、神を礼拝する好ましい条件もなくなった。人の心の中で占める神の位置はどこまでも低められていった。…