日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 184
神によって定められた、万物の成長に関する法則の観点から見ると、人類はその種類を問わず、すべて神から施され、養われているのではないでしょうか。これらの法則が破られたり、神がそれらの法則を人類に対して定めなかったとしたら、人類の見通しはどのようなものになるでしょうか。これらの基本的な…
わたしは地上でわたしに従う者たちを多く求めてきた。その従う者たちの中には、祭司として奉仕する者たち、指導する者たち、神の子となる者たち、民を構成する者たち、そして奉仕をする者たちがいる。わたしは彼らがわたしに示す忠誠心に従って、これらの幾つかの種類に分ける。あらゆる人が種類によって分類されるとき、つまり、それぞれの人の性質が明らかにされるとき、わたしは一人一人を適切に分類し、その人たちを適切な場所に配置しよう。そうすることでわたしは人類の救いの目的を実現できるからである。順番に、わたしが救ってわたしの家に戻したいと願っている人たちのグループを呼び、それから終わりの日のわたしの働きを受けいれることを許す。それと同時に、わたしは種類に従って人を種類分けし、その人の行いに応じてそれぞれに報酬か罰を与える。それらがわたしの働きを構成する段階である。
今わたしは地上で生活し、人々の中で生きている。すべての人はわたしの働きを体験し、わたしの発言を観察している。それと共に、わたしはわたしに従って来る人たちすべてに真理を授け、その結果彼らがわたしからいのちを受け、自分の辿る道を得るようにする。というのは、わたしはいのちを与える神であるからだ。長年のわたしの働きで、人は多くを受け取り、多くを捨ててきたが、やはりわたしは、人がわたしを忠実に信じていないと言う。なぜなら、人はわたしが神であることを単に口先で認めるだけで、わたしが話す真理には同意せず、ましてやわたしが彼らに求める真理を実践することは尚更ない。つまり、人は神の存在を認めるだけで、真理の存在は認めない。人は神の存在を認めるだけで、いのちの存在は認めない。人は神の名を認めるだけで、神の本質は認めないのである。人は熱心であるがゆえに、わたしには忌まわしい存在となってしまった。人はわたしを欺くために、耳に心地よい言葉を用いているだけで、だれもわたしを心から礼拝しない。あなたがたの言葉には蛇の誘惑がある。更には、あなたがたの言葉は極端に傲慢で、大天使による正真正銘の声明である。さらに、あなたがたの行いはズタズタで恥ずかしいほどちぎれており、あなたがたの度を過ぎた願望や強欲なもくろみは聞くに不快である。あなたがたはすべてわたしの家で蛾になり、嫌われて捨てられる対象となった。あなたがたの誰も真理を愛する者たちではなく、むしろ祝福を欲し、天に昇るのを欲し、キリストが地上で権力を振るう荘厳な姿を見たいと欲する人でしかない。あなたがたのように酷く堕落してしまっていて、神という存在を全く知らない人間が、神に従う価値があるかどうかを考えたことはあるか。あなたがたがどのようにして天に上げられることができるだろうか。あなたがたは、先例のないほどに輝く、荘厳なものを見るにふさわしいと言えるのか。あなたがたの口は欺きと卑猥な言葉、裏切りと傲慢な言葉で満ちている。あなたがたはわたしの言葉を経験しても、一つとして誠実な言葉も、聖い言葉も、服従の言葉も語ったことがない。あなた方の信仰は最終的にどのようなものになるだろうか。あなたがたの心は欲求と富で満ちており、あなたがたの頭の中は物質的なもので満ちている。あなたがたは日々、わたしから何かを得ようと計算しており、獲得した富と物質がどれくらいあるかを計算している。毎日、あなたがたはもっと祝福が施されるよう待っている。その結果もっと大きな、もっと良いものを楽しめるかもしれないからである。いつもどんな時もあなたがたの考えにあるのは、わたしでもわたしから来る真理でもなく、むしろ夫(妻)、息子や娘たちや、食べたり、着たりするもの、そしてどうやってもっと楽しく過ごすかということである。たとえお腹が一杯になっても、あなたがたは依然として死体ほどでしかない存在ではないか。たとえあなたがたの外見を立派に着飾っても、いのちのない、歩く死体に過ぎないのではないか。あなたがたは白髪が生えるまで、腹を満たすために一生懸命働くが、だれもわたしの働きのためにうぶ毛一本さえ犠牲にしようとはしない。あなたがたは自分の肉のため、息子娘たちのためにいつも働きづめで、体を酷使して頭を悩ますが、だれもわたしの旨に配慮を示すことはない。あなたがたはわたしからこれ以上何を得たいと思っているのか。
わたしは決して自分の働きを急ぐことはない。人がどのようにわたしに従っても、わたしはそれぞれの段階に合わせて、わたしの計画通りに働きをする。だから、あなたがたがどれほどわたしに反抗しても、わたしは自分の働きを止めることはなく、わたしが思う通りに話し続ける。わたしがあらかじめ定めておいた人たちをすべてわたしの家に招き、わたしの言葉の聴衆とし、わたしの言葉に従い、慕い求める人たちすべてを玉座の前に置く。わたしの言葉に背を向ける者たちや、またわたしに従い服従することをしない者たちや、公然とわたしに反抗する人たちは彼らの最後の罰を待つためにわきに投げ捨てられるだろう。あらゆる人たちは堕落のただ中に生き、悪魔の手の下で生活をしているので、わたしに従っている多くの人たちが実際真理を慕い求めているわけではない。すなわち、わたしを真の心で、あるいは真理をもって礼拝している人たちはほとんどおらず、むしろ堕落、反抗、欺きの方法でわたしの信頼を獲得しようとしている。だから、わたしが「招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない」というのだ。招かれた人たちはみな酷く堕落しており、同じ時代に生きているが、選ばれる人たちは真理を信じ認め、真理を実践するだけである。これらの人たちは全体のほんの少しで、これらの人たちから、わたしはさらに栄光を受けるだろう。これらの言葉に照らし合わせて、あなたがたは選ばれた人たちの中にいるかどうかわかるだろうか。あなたがたの行く末はどうなるだろうか。
『神の出現と働き』「招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない」(『言葉』第1巻)より
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あなたが本当に永遠のいのちの道を得たいと望み、飽くことなく探し続けているなら、まずこの質問に答えてほしい。今日、神はどこにいるのか?おそらくあなたは、神は天にいると答えるだろう。もちろん、あなたの家に住みはしないだろう。あなたは、神は明らかに万物の中にいると言うかもしれない。…
これで裁きとは何か、真理とは何かを理解できたか。もし理解できたなら、あなたが裁きに従うよう熱心に勧める。さもなければ、神に賞賛されることも、神にその国に連れて行ってもらうことも決してないのだ。裁きは受け入れるが清められることのない者、すなわち裁きの働きの最中に逃げ出すような者…
なぜこのように連続して三つの段階の働きに言及するのか。時代の移り変わり、社会の発展、自然の変貌はみなこの三段階の働きが変化するにつれて変わるのである。人類は神の働きに合わせて変化するのであって、人類が単独で発展しているのではない。神の三つの段階の働きに触れるのは、全ての被造物と、…