日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 16
神の働きの最中に逃げ出す人に対する神の態度 いたる所で見受けられる、ある種の人がいます。神の道について確信した後、様々な理由から黙って挨拶もせずに立ち去り、心が望むように行動します。立ち去る理由については、今は話をしません。まず、このような人への神の態度について話します。それは極…
どの教会にも、教会に迷惑をかけ、神の働きの邪魔をする人がいる。こうした人はみな変装して神の家に潜入したサタンである。彼らは演技に優れている。目的を果たすために、畏敬の念をもってわたしの前に来て、うやうやしく頭を下げ、みすぼらしい犬のように振る舞い、自分の「すべて」を捧げる。しかし、兄弟姉妹の前では醜悪な素性を露わにする。真理を実践している人を見ると攻撃して排除し、自分たちよりも手ごわい人にはお世辞を言って機嫌を取り、教会では大胆に振る舞う。この種の「土地の顔役」や「愛玩犬」は、殆どの教会にいると言える。彼らは一緒にこそこそと歩き回り、目配せや秘密の合図を送り合う。彼らの中に真理を実践する者はいない。毒を一番多く持つ者が「悪魔の頭」であり、最も威信のある者が他を従え、一味の旗を高く掲げる。彼らは教会内を荒らし回り、消極性を広め、死をもたらし、好き放題行ない、好き勝手にものを言う。誰にも彼らを止める勇気はない。彼らはサタンの性質に満ちあふれている。彼らが妨害し始めるとすぐに、教会に死の空気が入る。教会内で真理を実践する人は見捨てられ、すべてを捧げられなくなるが、教会を妨害し死を広める者は教会内で放縦に行動する。さらに、殆どの人が彼らに従う。こうした教会は明らかにサタンの支配下にあり、そこでは悪魔が王である。教会の会衆が立ち上がって悪魔の頭を追放しなければ、会衆もまた遅かれ早かれ破滅する。今後は、こうした教会への対策を実施する必要がある。多少の真理を実践できる者がそうしようとしていないならば、その教会は追放される。ある教会に真理を実践することをいとわない人や神に証しを立てられる人がいないなら、その教会は完全に切り離されるべきで、他の教会との関係は断絶されなければならない。これは死を葬ると呼ばれ、これがサタンを追い払うということである。ある教会に土地の顔役が数名いて、彼らが識見にまったく欠けた「小ばえ」を従えており、その教会の会衆が真理を理解してなお、それら顔役の呪縛と操作を拒否できないならば、そうした愚か者はみな最終的に淘汰される。小ばえは何ら劣悪な事をしていないかもしれないが、ことさら狡猾でずる賢く捉え難いので、みな淘汰されるのである。ひとり残らず消し去られる。サタンに属す者はサタンへと戻されるが、神に属す人は確実に真理を探し求める。これは人の本性によって決められることである。サタンに従う人はみな滅べ。彼らに憐れみがかけられることはない。真理を探し求める人には施しを得させ、心ゆくまで神の言葉を堪能させよ。神は義であり、誰もひいきすることなどない。あなたが悪魔であれば、真理を実践できない。真理を探し求める人であれば、サタンの虜にならないことは確実である。それについて疑いの余地はない。
『神の出現と働き』「真理を実践しない人への警告」(『言葉』第1巻)より
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神の働きの最中に逃げ出す人に対する神の態度 いたる所で見受けられる、ある種の人がいます。神の道について確信した後、様々な理由から黙って挨拶もせずに立ち去り、心が望むように行動します。立ち去る理由については、今は話をしません。まず、このような人への神の態度について話します。それは極…
終わりの日の働きにおいて、言葉はしるしや不思議の顕示よりも力強く、言葉の権威はしるしや不思議の権威を超越する。言葉は人の心に深く埋もれた堕落した性質を残らず暴く。あなたには自分でそれらを認識する術がない。それらが言葉を通じて暴かれるとき、あなたは当然それを見つけるが、否定すること…
イエスの働きは、その時代における人の必要性に応じて行われた。その務めは人間を贖い、その罪を赦すことであるがゆえに、そのすべての性質は謙遜、忍耐、愛、敬虔、寛容、憐れみ、慈しみのどれかであった。イエスは人間を豊かに祝福し、あふれんばかりの恵みと、平和、喜び、イエスの寛容と愛、その憐…
赤い大きな竜の国における神の働きは驚くべきものであり、測り知ることができない。神によって完全にされる人々の集団もあれば、淘汰される集団もある。と言うのも、教会にはあらゆる種類の人がいるからである。真理を愛する人と愛さない人、神の働きを経験する人としない人、本分を尽くす人と尽くさな…