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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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言葉は肉において現れる(続編)朗読

はじめに神はアダムとエバを創造し、また蛇も創造した。全ての被造物の中で、蛇は最も有毒だった。その体は毒を含み、サタンはその毒を利用した。エバを誘惑し罪に落とし入れたのは蛇だった。アダムはエバが罪を犯した後に罪を犯した。そして2人はそれから善と悪の区別ができるようになった。蛇がエバを誘惑し、エバがアダムを誘惑することを、もしヤーウェが知っていたなら、神はなぜ彼らを園の中に置いたのだろうか。神がそれらの事柄を予測できたなら、神はなぜ蛇を創造し、それをエデンの園の中に置いたのだろうか。なぜエデンの園には善悪の知識の木の果実があったのだろうか。神は彼らに果実を食べさせようとしていたのだろうか。ヤーウェがやって来たとき、アダムとエバはヤーウェに会おうとしなかった。ヤーウェはそのときに初めて、彼らが善悪の知識の木の果実を食べて蛇の策略に陥ったことを知った。結局、神は蛇を呪い、そしてアダムとエバを呪った。彼ら2人が木の果実を食べたとき、ヤーウェはそれを知らなかった。人間は堕落し、邪悪で性的に乱れたものとなり、その心に抱くものはすべて邪悪と不正というほどまでになった。人間は皆汚れたものとなった。そのため、ヤーウェは人間を創造したことを悔いた。その後にヤーウェは、世界を洪水で破壊するという自身の働きを実行し、ノアとその息子たちが生き残った。実は、人々が想像するほど高度であったり超自然的であったりはしない部分もある。以下のように尋ねる者もいる。「神は、大天使が神を裏切ると知っていながらなぜ創造したのか。」以下はそれに対する事実である、この世がまだ存在していなかったとき、大天使は天国の天使の中で最も偉大だった。大天使は、天国のすべての天使に対する権限を握っていた。それは神から大天使に与えられた権威だった。神を除いて、大天使は天国の天使の中で最も偉大だった。神が後に人間を創造したとき、大天使はこの世において神に向けて大きな裏切りを行った。大天使は、人間を支配し、神の権威を超越したかったため、神を裏切ったと言われるのである。エバを誘惑して罪に陥れたのは大天使だった。大天使が神を裏切ったのは、この世に自分の王国を建設し、人間に神を裏切らせて、代わりに自分に従わせたかったからである。大天使は自分に従う者がたくさん存在することを知った。天使たちは、地上の人々と同じく、大天使に従った。鳥と獣、木々、森、山、川、およびこの世のあらゆるものは、人であるアダムとエバの管理下にあり、アダムとエバは大天使に従った。大天使はそのようにして神の権威を超越し、神を裏切ろうと考えた。後に大天使は多くの天使たちに神を裏切らせ、それが汚れた霊となった。今日までの人間の発展は、大天使の堕落に影響されているではないか。人間が今日あるような状態なのは、大天使が神を裏切り、人間を堕落させたからである。その一歩一歩の働きは、人々が想像するほど抽象的であったり単純であったりしない。サタンが神を裏切ったのには理由がある。人々は、そのような単純なことを理解できない。神はなぜ天と地と万物を創造し、そしてまたサタンも創造したのか。神はサタンをとても軽蔑し、サタンが神の敵であるなら、神はなぜサタンを創造したのか。サタンを創造することにより、神は敵を創造したのではないのか。神は実際には敵を創造しなかった。神は天使を創造し、そして後に天使が神を裏切ったのだ。その地位はとても偉大であったので、大天使は神を裏切ることを望んだ。それは偶然の一致であったとも言えるが、避けられないことでもあった。それは人がある年齢で死を避けられないのと似ている。状況はすでに一定の段階に進展している。以下のようなことを言う不届きな者もいる。「サタンがあなたの敵であるなら、あなたはなぜそれを創造したのですか。あなたは大天使があなたを裏切るようになることを知らなかったのですか。あなたは永遠から永遠までを見られるのではないのですか。あなたはその性質を知らないのですか。あなたは、大天使があなたを裏切るとはっきり知っていたのに、なぜそれを大天使として創造されたのですか。たとえ裏切りの問題を無視するとしても、大天使は数多くの天使を率いて、人間を堕落させるために人間の世界へ降りてきたのです。今日まで、あなたは六千年に渡る自身の経営計画を完成させることができずにいる。」そういうことなのですか?あなたは必要以上に問題を自身に課しているのではないですか。そして次のように言う者もいる。「サタンが現在まで人間を堕落させていなかったなら、神はそのように人間を救うことはなかったのです。その場合、神の英知と全能性を見ることはできなかったのです。神の英知はどこに現されたのでしょうか。神はこうしてサタンのために人類を創造したのです―将来神が自身の全能性を示すために。そうでないなら、人は神の英知をどのようにして見出せるでしょうか。人が神に抵抗したり、神に反抗的に行動したりしていなかったのなら、神の行為を表すこと自体不要だったのです。すべての創造が、神を崇拝し、神に従うためのものだったなら、神は何も働きを行う必要はなかっただろう。」これは現実から更にかけ離れている。なぜなら神には汚れた部分はなく、神は汚れたものを創造しえないからである。神が今その働きを現しているのは、ひたすら、自身の敵を倒し、自身が創造した人間を救い、はじめは神の支配下にあり神に属していたにもかかわらず神を憎み、裏切り、拒絶した悪霊とサタンを打ち倒すためである。神はそれらの悪霊を倒し、そうすることで、万物に自身の全能性を示したいと思っている。この世の人間と万物は今、サタンの支配下にあり、邪悪な者の支配下にある。神は自身の行為を万物に示し、そうすることで人々がみな神を知ることを望んでおり、それによりサタンを倒し、神の敵を徹底的に滅ぼしたいと考えている。神が自身の行為を示すことでこの働き全てが成し遂げられる。神の創造物のすべてはサタンの支配下にあり、そのため神はそれらに自身の全能性を啓示し、それによりサタンを倒すことを望んでいる。もしサタンがいなかったなら、神は自身の行為を示す必要はなかっただろう。もしサタンの妨害がなかったなら、神は人間を創造してエデンの園で生活するように導いていただろう。神は、サタンの裏切りの前に、天使や大天使のために自身の行為を決して啓示しなかったが、それはなぜだろうか。天使や大天使が神を知り、始まりにおいて神に従ってもいたなら、神はそれらのむなしい行為の働きを実行していなかっただろう。サタンと悪霊の存在のために、人々は神を拒絶し、反抗的な性質があふれんばかりに満ちているため、神は自身の行為を示すことを望む。神は、サタンと戦うことを望むため、自らの権威を用い、自らのあらゆる働きを用いて、サタンを倒さなければならない。そうすることで、神が人間の中で遂行する救いの働きは、人々に神の英知と全能性を知らしめるものとなる。神が今日行う働きは意義深く、一部の人々が述べる以下のようなものとは一線を画している。「あなたのなさる働きは矛盾していませんか。この一連の働きは、あなたご自身を困らせているだけではないですか。あなたはサタンを創られてそのサタンにあなたを裏切らせ、反抗させた。あなたは人間を創造し、その人間をサタンに手渡し、アダムとエバが誘惑されることを許された。あなたが意図的にこれらのことを行ったのなら、あなたはなぜ人間を嫌うのですか。なぜサタンを嫌うのですか。あなたがこれらをみな創られたのではないのですか。なぜ嫌うのですか。」多くの愚か者がそのような事を言うだろう。彼らは神を愛することを望みながら、心の中では神に不満を述べている。何という矛盾であろうか。あなたは真理を理解せず、あまりに多くの超自然的思考を持ち、そしてそれが神の誤りと主張しさえする。何と愚かなことか。真理をもてあそんでいるのはあなたである。神の誤りではない。ある者は何度も何度も不満を次のように言う。「サタンを創造したのはあなたで、サタンに人間を手渡したのはあなたでした。人間はサタンの性質を持っています。あなたはその人間を赦すかわりに大いに憎んだ。はじめ、あなたは人間を大いに愛された。あなたはサタンを人間の世界に追いやり、そして今、あなたは人間を憎まれる。人間を憎み、また愛されるのはあなたです。それをどう説明されますか。矛盾していませんか。」あなた方がどう解釈するかに関係なく、天で起こったことはこうである。大天使がこのように神を裏切り、人間はこのように堕落し、今日まで続いた。あなた方がそれをどう表現しようと、これが事のてんまつである。しかしあなた方は、神が今日の働きを行うのは、あなた方を救うためであり、サタンを倒すためであることを理解しなければいけない。

天使は特に脆弱で能力を持たなかったため、もし権威を与えられれば傲慢になった。他の天使より地位が高い大天使の場合は、特にそうだった。大天使は、すべての天使の王だった。大天使は何百万もの天使を率い、ヤーウェの下で、その権威は他のすべての天使の権威を超えていた。大天使は、さまざまなことに手を出し、天使を人の世界に率い、世界を統治することを望んだ。神は宇宙を支配すると言った。大天使は宇宙が自分の支配下にあると言って神を裏切った。天国では、神がもう一つの世界を創造していた。大天使は、この世を管理し、人の領域に降りることも望んだ。神がそのような行いを認めるはずがなかった。そのため神は大天使を宙に討ち倒した。大天使が人間を堕落させたときからこれまで、人間を救うため、神は大天使と戦いを続けている。神は大天使を倒すためにこれまで六千年を費やしている。あなた方の全能の神に関する考えは、神がこれまで続けている働きと相容れるものではない。その考えは実際に役に立たず、非常に不届きである。実際に神は、神を裏切った大天使に対して、神の敵であるとする宣言を行い、そしてそれがすべてである。大天使が人の世界にたどり着いて人間を踏みにじったのは、裏切りのためでしかなかった。そして人間がこの段階に進んだのは、そのためであった。その後、神はサタンに誓いを立てて言った。「わたしはお前を倒し、わたしが創造した人間を救う。」サタンは初めは納得できず、次のように言った。「実際に私に対してどんなことができるというのか。本当に私を宙に討てるというのか。本当に私を倒せるというのか。」神は、大天使を宙に討った後、サタンの妨害は続いていたにもかかわらず、それ以上大天使に気を配ることはなく、人間への救いと自らの働きを始めた。サタンが行えたことはすべて、神がサタンに与えた力によるものだった。サタンは宙の中にそれらのものを携えて行き、今日までそれらを備え続けている。神は大天使を宙に討ったが、大天使の権威を取り上げなかったため、大天使は人間を堕落させ続けた。一方で神は、創造後にサタンによって堕落させられた人間を救い始めた。神は天にいる間、自らの行為を現わさなかった。ただ、この世の創造に先立って神は、自らが天に創造した世界で自らの行為を人々が見られるようにし、そのため天上に人々を導いた。神は英知と知性を人々に与え、人々がその世界で生きるように導いた。もちろん、あなた方は誰も以前にそのことを聞いたことがない。後に、神が人間を創造すると、大天使は人間を堕落させ始めた。地上のあらゆる人間は大混乱に陥った。神がサタンに対して戦いを始めたのは、まさにこのときであり、人々が神の行為を見たのはまさにこのときだった。最初、神の行為は人間から隠されていた。サタンが宙に討たれた後、サタンは自分のことに関わり、神は自らの働きに関わり、サタンに対する戦いを継続し、それは終末の日までずっと続く。現在はサタンが粉砕されるべき時である。始まりにおいて神はサタンに権威を与えた。そして後に神はそのサタンを宙に討ったが、サタンは挑戦的な態度を続けた。後に、サタンはこの世で人間を堕落させたが、神は実際には人間の管理をこの世で行っていた。神はサタンを倒すために人々の管理を使う。人々を堕落させることにより、サタンは人々の運命を終わらせ、神の働きを阻害する。一方、神の働きは人間への救いである。神自身の働きの中で人間を救うためでないものは、どの段階にも存在しない。人々を清め、彼らに正しいことを行わせ、愛されうるイメージを生む形で生きさせることを目的としないものは、どの段階にも存在しない。けれどもサタンの場合は、そうではない。サタンは人間を堕落させる。サタンは全世界において人間を堕落させる働きを継続的に実行する。もちろん、神も自らの働きを行う。神はサタンを顧みない。サタンがどれだけ権威を持っていようと、その権威は依然として神によって与えられたものだった。実際には神はサタンに自らの権威のすべてを与えはしなかった。だからどんなことをサタンが行っても、サタンは神を超えられず、常に神の手の中にある。神は天にいる間、自らの行為を少しも現わさなかった。神はサタンに小さい部分の権威を与えて、天使への支配を行使できるようにしただけだった。だからサタンは、どんなことをしても、神の権威を超えることはできない。神が元々サタンに与えた権威は限られているからである。神は働きを行い、サタンは阻害を行う。終末の日にサタンの妨害は終わるだろう。同様に神の働きは終えられるだろう。そして神が全き者としたい人間は全き者となるだろう。神は人々を肯定的側面から導く。神のいのちは生ける水であり、測ることができず、終わることがない。サタンはある程度まで人を堕落させた。最後に、そのいのちの生ける水は人を完全にし、サタンが邪魔したり、その働きを実行したりすることは不可能となるだろう。そのようにして、神はそれらの人々を完全に自らのものとすることだろう。サタンはそれを受け入れることを今、依然として拒んでいる。サタンは神に対して継続的に反抗しているが、神はサタンを気に留めない。神は述べた、「わたしはサタンの暗い力のすべてと暗い影響のすべてに勝利するだろう。」と。それは肉で今なされなければいけない働きであり、受肉の意味するものでもある。それは終末の日においてサタンを倒すという働きの段階を完成させ、サタンの側にいるすべてのものを滅ぼすことである。サタンに対する神の勝利は、避けられない流れなのである。サタンは実際に昔、敗北した。福音が大きな赤い竜の土地を通して広がり始めたとき、つまり、受肉した神が働きを始め、その働きが引き起こされたとき、サタンは完全に倒されることとなった。その受肉はサタンを倒すためのものだったからである。サタンは、神がもう一度肉となり、また神の働きを遂行し始めたのを見た。そして、どんな力もその働きを止められないことを理解した。そのため、その働きを見たときにサタンは愕然とし、サタンの働きをあえてそれ以上続けなかった。最初にサタンは、自らが多くの英知も持つものと思っていて、神の働きを中断させてその阻害を行った。けれどもサタンが予想していなかったのは、神がもう一度肉となり、神自らの働きにおいて、サタンの反抗性を用いて、人間のための啓示と裁きを行い、それにより人間を征服してサタンを打ち負かすということだった。神はサタンより賢明で、神の働きはサタンをはるかに凌ぐ。だから、わたしは以下を前に述べた。「わたしが行う働きはサタンの策略に対応して実行される。最後にわたしは、自らの全能性とサタンの無力さを示す。」神が自らの働きを行うとき、サタンは自分が最後に結局粉砕されるまで神の後ろについてゆく。サタンは自分を討ったものを知ることさえないだろう。サタンはすでに打ち破られ、砕かれて初めて、真実に気づく。そのときサタンは、すでに火の湖で焼かれてしまっている。サタンはそのとき完全に確信する。自分が、もうどうすることもできない。

人間のための悲しみにより神の心をしばしば消沈させるのは、段階的で現実的なその働きであり、そうしてサタンに対する神の戦いは六千年間続いている。神は以下のように語った。「わたしは人間を再び創造することはないであろうし、天使に再び権威を授けることもないであろう」。あれから天使が働きを行うために地上に来るときは、ある働きを行うために神に従うようになるだけだった。神は決して天使に権威を与えることはなかった。ユダヤ人が見た天使は、どのように自らの働きを遂行していたのか。天使たちは夢の中に現れ、ヤーウェの言葉を伝えた。イエスが十字架に張り付けにされてから3日目に復活したとき、大きな石を傍らに押したのは天使だった。神の霊自体がその働きを行ったのではなかった。天使はただそのような働きを行うだけだった。彼らは支える役割を果たしていたのであり、権威は持っていなかった。神には彼らに再び権威を授けるつもりが決してなかったからである。神がこの世で用いた人々は、ある期間において働きを行った後、神の立場を想定し、そして言った。「自分は全世界を超越したい。私は第三の天に立ちたい。我々は主権を握って統治したい」。彼らは数日間の働きの後に傲慢となる。彼らはこの世での主権を求め、新しい国の建国を求め、自分の足元にすべてをひれ伏させることを求め、第三の天に立つことを求める。あなたは神によって使われる人に過ぎないことを知っているか。あなたがどうやって第三の天に昇れるのか。神は、働きを行うために、静かに、声を上げることもなくこの世にやって来て、自らの働きをひそかに完遂してから去ってゆく。神は人間のように声を上げることはなく、むしろ現実的に自らの働きを実行する。神は教会へ入って行って、「わたしはあなた方を全員消し去る。あなた方を呪い、罰する」と叫んだりすることもない。神は自らの働きを実行し、それが終われば去ってゆくだけである。病を治し、悪霊を追い払い、講壇から講義し、長くて大げさな演説を行い、非現実的な事柄を討議する宗教指導者たちは、芯まで傲慢である。彼らは大天使の子孫なのだ。

現在まで六千年に渡る神の働きの実行の後、神は自らの行為の多くをすでに示しているが、それは主にサタンを倒し、すべての人間を救うためだった。神は、その機会を通して、天のすべてのもの、大地のすべてのもの、海の中のすべてのもの、および、神が創造した地上のあらゆる最終物が、神の全能を知り、神のすべての行為を知るようにする。神はサタンを倒すための機会を捕らえ、人間に自らのすべての行為を示し、人々が神を褒めたたえ、サタンを倒す神の英知を賛美できるようにする。大地に、天に、そして海の中にあるすべてのものは、神に栄光をもたらし、神の全能性を褒めたたえ、神のすべての行為を褒めたたえ、神の聖なる名前を叫ぶ。それは神がサタンを倒した証である。神がサタンを征服した証である。さらに重要なこととして、神が人間を救った証である。神の創造したすべては、神に栄光をもたらし、敵の打倒と勝利の帰還において神を褒めたたえ、偉大な勝利の王として神を褒めたたえる。神の目的はサタンの打倒だけではないため、神の働きは六千年間続いている。神はサタンの打倒を通して人間を救う。神はサタンの打倒を通して自らのすべての行為を現わし、自らの栄光のすべてを現わす。神は栄光を手にするだろうし、天使たちすべては神のすべての栄光に出会いもするだろう。天の使者たち、地上の人間たち、そして地上のすべての創造物は、創造主の栄光を見るだろう。これが神の行う業である。天と地上における神の創造物は、すべて神の栄光を目の当たりにし、神はサタンを完全に倒した後、意気揚々と帰還し、人間に神を褒めたたえさせる。こうして神は、これらふたつの側面を勝利の中に成し遂げる。最後にすべての人間は神によって征服され、拒否したり反抗したりする者、つまり、サタンに属する者すべてを、神は一掃する。あなたは今、神のそれらの行為をすべて見ているが、依然として拒否し、反抗的になり、服従しない。あなたは自分の心の中に多くの考えを抱いており、自分が望むことは何でも行う。あなたは自分自身の欲望と好みに従っている。それは反抗であり、抵抗である。肉のため、自分の欲望のため、および自分自身の好みのため、俗世間のため、そしてサタンのために神を信仰することは、不浄である。それは反抗であり、抵抗である。現在、さまざまな種類の信仰がある。ある者は災害からの避難所を求め、ある者は祝福を得ることを求め、ある者は奥義を理解することを望み、またある者はお金を得ようとする。それらはみな抵抗のさまざまな形である。それらはすべて神への冒とくである。人が抵抗したり反抗したりすることは、そのような事柄と関係しているのではないか。現在、多くの人々が不平を言い、不満を並べ、裁く。それらはすべて、邪悪な者がすること、人間の抵抗と反抗である。そのような邪悪な者たちはサタンに所有され、占有されている。神のものとなる人々は、完全に神に従う人々であり、サタンに堕落させられたものの、現在神の働きにより救われ征服され、苦難に耐え、そして最後に完全に神のものとされ、もはやサタンの領域で生きることはなく、不義から解き放たれ、聖く生きることを望む人々である。それらが最も高潔な人々であり、聖なる者たちである。あなたの現在の行為が神の要求されることの一部に沿わない場合、あなたは除外されるだろう。そこに論争の余地はない。すべてのものは今日に基づいてなされる。神が運命づけてあなたを選んだが、あなたの今日の行為は依然としてあなたの結果を定めることだろう。もし今あなたがあるべき状態を維持できないなら、あなたは除外されるだろう。あなたは今維持できないのであれば、後で維持することを望むこと[a]すらできないはずだ。そのようなすばらしい奇跡があなたの前に現れているのに、あなたは依然として信じていない。後になって、神が自らの働きを終え、もうそのような働きを行わないというときに、あなたはどうして神を信じるだろうか。その時になってあなたが神に従うのは、さらに不可能になるだけだ。後に神は、あなたが罪深いか義かを判断するため、または、あなたが全き者か除外された者かを判断するため、受肉した神へのあなたの態度や認識、およびあなたの経験に依存することになるだろう。あなたは今明確に理解しなければならない。聖霊は以下のように働きを行う。神は今日のあなたの振る舞いに従ってあなたの結末を判断する。誰が今日の言葉を語るのか。誰が今日の働きを行うのか。誰が今日あなたは除外される存在であることを決めるのか。誰があなたを全き者とすることを決めるのか。それはわたしが自ら行うことではないのか。わたしがそれらの言葉を語るのである。わたしがその働きを実行するのである。人々を呪い、罰し、裁くことは、すべてわたし自身の働きの一部である。最後にあなたを除外することも、わたし自身の働きとなるだろう。すべてはわたし自身が行うことである。あなたを全き者とすることはわたし自身が行うことであり、あなたが祝福を享受するようにするのもわたしが行うことである。それはすべてわたし自身の働きである。あなたの結末はヤーウェが運命づけたことではなかった。それは今日の神によって決められる。それは今決められる。それは世界が創造される前に決められはしなかった。ある不届きな者は、「あなたの目は何かおかしいです。見るべきように見ていません。」などと言う。最後にあなたは、霊がすべてのものをいかに明示するかを理解するだろう。イエスは元々、ユダを自分の弟子として選んだ。人々はイエスがユダに関して過ちを犯してしまったと考えている。イエスがイエス自身を裏切ることになる弟子を選ぶはずがない。最初、ユダはイエスを裏切る意図はなかった。裏切りは後になって初めて起こったことだった。当初イエスは、ユダをかなり好意的に見ていた。イエスはユダを自身に従わせ、ユダに財務を任せた。ユダがお金を使い込むと知っていたなら、イエスはお金をユダに委ねたままとしなかっただろう。イエスは、ユダが不正直で、ずるがしこく、兄弟姉妹を騙していたことを元々知らなかったと言うことができる。後に、ユダが一定の期間付き従った後、イエスはユダが兄弟姉妹を騙し、神を騙すのを見た。人々もユダがいつも金袋のお金を使っていることに気づき、イエスにそれを告げた。イエスは、そのとき初めてそのすべてに気づいた。イエスは十字架による張り付けの働きを実行することになっており、自分を裏切る者を必要とし、ユダがその役割にちょうどぴったりと合った。そうしてイエスは、「この中にわたしを裏切る者がいます。人の子は、張り付けにされて3日後に甦るためにこの裏切りを用いるのである。」と言ったのである。当時、実際には、イエスは自身を裏切るようにユダを選んだわけではなかった。その逆で、イエスはユダが忠実な弟子となることを望んでいた。イエスが驚いたことに、ユダは主を裏切る強欲で堕落した人物となり、イエスはその状況を用いてユダを裏切りの働きをする者に選んだ。もしイエスの12人の弟子のすべてが忠実であり、ユダのような者が誰一人いなかったら、イエスを裏切る者は結局その弟子以外の者となっていただろう。けれどもちょうどそのとき、彼らの中に賄賂を喜んで受け取る者、ユダがいた。だからイエスは自身の働きを完成させるためにユダを使ったのだ。何とわかりやすいことか。イエスはその働きを始める前に、予めそれを決めてはいなかった。イエスは、物事がある段階に差し掛かったときに、その判断を行っただけだった。それはイエスの判断であり、すなわち神の霊自身の判断である。そのときユダを選んだのはイエスだった。ユダは後にイエスを裏切ったが、それはイエス自身の最後をもたらすために聖霊が行ったことだった。それはその時点での聖霊の働きだった。イエスがユダを選んだとき、イエスは自らをユダが裏切るとは全く考えていなかった。イエスが知っていたのは、彼がイスカリオテのユダであるということだけだった。あなた方の結果もまた、今日のあなた方の従順の程度に従って、そして、あなた方のいのちの成長の程度に従って判断されるのであり、それは世界の創造の時点で運命づけられていたというような人間の考えに従ったものではない。あなたはそのことを明確に認識しなければならない。その働き全体は、あなたの想像するように実行されるものではない。

終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

キリストに味方しない者は確実に神の敵だ キリストと融和する道を探せ キリストは、真理を以て裁きの働きを行う 神が人々の間で偉大な業を成し遂げたことを知っているか 終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる あなたは誰に忠実か 三つの忠告 神の性質を理解することの並ならぬ重要性 信者はどんな見解を持つべきか 堕落した人間は神を体現することができない 宗教奉仕を取り締まるべきである 神を信じているなら神に従うべきだ 現実をどのように知るか 神の心にかなう奉仕とは 今日の神の働きを知るということ 神の働きは人間が想像するほど簡単か 肉となった神と神に使われる人々との間の本質的違い 神の信仰は宗教的儀式でなく現実に焦点を合わせるべきである 今日の神の働きを知る人々のみ神に仕えることができる 神の国の時代は言葉の時代(前半) 神の国の時代は言葉の時代(後半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (前半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (後半) 「千年神の国は訪れた」についての短い話 あなたは生かされたか 性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである 二度の受肉が受肉の意義を完成させる ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート1) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート2) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート3) 本物の人とは何を意味するか あなたは信仰について何を知っているか 肉なる者は誰も怒りの日を逃れることはできない 福音を広める働きは、人を救う働きでもある 律法の時代における働き 贖いの時代における働きについての真実 あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (前半) あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (後半) 自己の観念で神を規定している人がどうして神の啓示を受けることができるだろうか 受肉した神の職分と人間の本分の違い( 前半) 受肉した神の職分と人間の本分の違い ( 後半) 神はすべての被造物の主である 神の働きと人の働き(前半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(後半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(前半) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート2) 神の宿る肉の本質 (前半) 神の宿る肉の本質 (後半) 神の業と人間の実践(前半) 神の業と人間の実践(後半) キリストの本質は父なる神の心に従うことである 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (前半) 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (後半) 神と人は共に安息に入る(パート1) 祈りの実践について 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋 (パート1) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート3) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート4) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋( パート1) 四番目の言葉 五番目の言葉 七番目の言葉 八番目の言葉 九番目の言葉 十番目の言葉 十八番目の言葉 十九番目の言葉 二十番目の言葉 二十二番目の言葉 二十六番目の言葉 二十九番目の言葉 十五番目の言葉 十二番目の言葉 二十一番目の言葉 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている(パート3) 神は人のいのちの源である 神の裁きと刑罰に神の出現を見る 神とその働きを知る者だけが神の心にかなう 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋 パート2 神の現れによる新時代の到来 ペテロはどのようにイエスを知るようになったか 呼び名と身分について(前半)

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