真理を探求されている方々からのご連絡をお待ちしています

終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

Recital-the-word-appears-in-the-flesh
終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

カテゴリ

Recital-latest-expression
言葉は肉において現れる(続編)朗読

わたしの前で仕えるわが民はみな、過去を思い返すべきである。あなたがたの、わたしへの愛は、不純なもので穢されていなかったか。あなたがたの、わたしへの忠誠は純粋で心からのものだったか。あなたがたの、わたしについての認識は真実であったか。あなたがたの心のどれほどの場所をわたしは占めているだろう。わたしはそのすべてを満たしているか。わたしの言葉のどれほどが、あなたがたの中で実現されているか。わたしを侮ってはいけない。わたしはこれらのことをすべて見通しているのだから。今日、わたしの救いの声が発された時、あなたがたの内にわたしに対する愛がいくらか増しただろうか。あなたがたの忠誠の一部が純粋になっただろうか。あなたがたのわたしについての認識は深まっただろうか。過去のたたえは、今日の認識の堅固な土台になっているだろうか。あなたがたの内のどれほどをわたしの霊が占めているだろう。わたしの姿は、あなたがたの内のどれほどの場所を占めているだろう。わたしの語ったことは、あなたがたのアキレス腱を打っただろうか。あなたがたは、ほんとうに自分の恥を隠す場所がどこにもないと感じているだろうか。あなたがたは、わが民となる資格がないと、ほんとうに信じているだろうか。もしあなたがたが、今のような問いにまったく気づかずにいるのなら、その人たちは、濁った水の中で釣りをしているのであり、数を合わせるためにだけそこにいる。その人は、わたしが予め定めた時には、必ずや除かれ、再び底なしの淵に投げ込まれるだろう。これは、わたしの警告の言葉である。これを軽んじる者は裁かれ、定められた時に災いに見舞われる。そうではないか。わたしはまだ、このことの例を示して説明しなければならないのか。あなたがたの基準について、もっと平明に話さなければならないのか。創造の時から今日まで、多くの人々がわたしの言葉にそむき、そのためにわたしの回復の流れからうち捨てられ、除かれた。最終的に彼らの体は滅び、その魂はハデスに投げ込まれる。そして、今日でも、その者たちは、まだ重い罰を受けている。多くの人々がわたしの言葉に従ったが、彼らはわたしの啓きと照らしにそむいたために退けられ、サタンの支配下に落ち、わたしに敵対する者になった。(今日、わたしに真っ向から敵対する者は、わたしの言葉の表面的な意味にだけ従い、わたしの言葉の本質に逆らう。)また、わたしが昨日語った言葉だけを聞いて、過去のくずにしがみつき、今日の産物を重んじようとしない人は大勢いる。そうした人々はサタンにとらわれているだけではなく、永遠の罪人になり、真っ向からわたしに敵対しているのだ。そうした人々は、わたしの怒りの最中にわたしの裁きを受けることになり、今日、まだ目が見えず、今も暗い牢獄にいる。(つまり、そうした人々は腐り、サタンに操られるしなびた死体なのであり、その人たちの目はわたしが覆っているから、目が見えないというのだ。)あなたがたが学べるように、参考として例を示すのがよいだろう。

パウロと聞くと、あなたがたは彼の生涯を思い起こすだろう。そうした物語のいくつかは不正確で、現実とは異なっている。彼は幼いころから両親の指導を受け、わたしのいのちを受けた。わたしが前もって定めたことにより、わたしの必要とする能力を備えていたのである。十九歳のとき、パウロはいのちについて、さまざまな書を読んだ。どのようにしてか、その詳細は述べないが、彼に素質があったため、わたしの啓きと照らしとにより、パウロは霊的物事について、ある程度の洞察力があっただけではなく、わたしの意図を把握することもできた。もちろん、これは内的・外的要因を排除するものではない。ともかく、パウロの唯一つの欠点というのは、すぐれた才能があったため、口達者で大口を叩くことがよくあった。その結果、不服従のため、その一部は、直接大天使が示したのだが、わたしがはじめて受肉したとき、あらゆる手段でわたしに逆った。彼はわたしの言葉を知らない者の一人で、彼の心の中にわたしの場所はすでになくなっていた。そうした人は、わたしの神性に真っ向から敵対し、わたしに打ち倒され、最後の最後にようやく、頭を垂れて自身の罪を告白するのだ。したがって、わたしがそうした人の長所を利用した後、つまり、彼が一定期間わたしのために働いた後、彼は再び以前の状態に戻り、わたしの言葉に直接逆らったわけではないが、わたしの内なる導きと啓きにそむいたので、以前の働きがすべて無益なものになった。つまり、そうした者の語った栄光の冠は、むなしい言葉、その人自身の想像の産物となったのだ。今日でも、その人はまだわたしの縛めの中にあり、わたしの裁きを受けているからである。

上記の例から、誰でもわたしに敵対する者は(わたしの肉の体だけではなく、さらにもっと重要なことには、わたしの言葉と霊──つまり、わたしの神性に逆らうことにより)その肉の身にわたしの裁きを受けることになるのだ。わたしの霊が人を離れると、その人は墜落し、まっすぐハデスに下る。そして、その人の肉の身は地上にあっても、精神を病んでいるようになる──その人は理知を失い、ただちに自分が死体になったように感じ、すぐさま肉の身を終わらせてくれるようにと、わたしに乞うほどになる。あなたがた霊をもつ者のほとんどは、こうしたことについて深く理解しているから、わたしが詳しく述べる必要はない。過去にわたしが普通の人間性をもって働いたときには、たいていの人間は、すでにわたしの怒りと威厳とに比べて自分を測っていて、すでにわたしの知恵と性質とについて、少しは知っていた。今日、わたしは神性において、直接話し、行動する。そして、まだわたしの怒りと裁きとをその目で見る人々がいる。さらに、裁きの時代の第二段階の主なる働きは、わが民にわたしの肉における業を直接知らせ、わたしの性質を直接見るようにすることなのである。しかし、わたしは受肉しているので、あなたがたの弱さを考慮している。わたしの希望は、あなたがたが自分の霊、魂、体をおもちゃのように無頓着に扱い、サタンに捧げないことである。持てるものすべてを大切にし、もて遊ばないことだ。そうしたことは、あなたがたの運命に関わっているのだから。あなたがたは、ほんとうにわたしの言葉の真に意味することを理解できるのだろうか。あなたがたは、ほんとうにわたしの真の思いを考えることができるのだろうか。

あなたがたは、地上で天のそれのような、わたしの祝福を受けたいと思っているのだろうか。あなたがたは、わたしについての理解、わたしの言葉を享受し、わたしについての認識を人生で最も貴重で意味深いものとして扱うつもりがあるだろうか。あなたがたは、ほんとうに、自分の前途を考えることなく、わたしに従うことができるのか。あなたがたは、羊のように、わたしに殺されたり、わたしに導かれたりすることを、ほんとうに受け入れられるのか。あなたがたの中に、そうしたことをなし遂げ得る人はいるだろうか。わたしが受け入れ、わたしの約束を得た人はみな、わたしの祝福を受けた人だということだろうか。あなたがたは、こうした言葉から何かを理解しているのだろうか。もしあなたがたを試したら、あなたがたは、ほんとうにわたしにすべてを委ね、そうした試練の中でわたしの意図を探り、わたしの心を理解するだろうか。わたしは、あなたがたが多くの感動的な言葉を語り、興奮するような物語りをするのを望まない。そうではなくて、わたしに立派な証しをすること、事がらをすべて現実に深く入ることを求める。もしわたしが直接話さなければ、あなたは、周囲のすべてを捨て、わたしに用いられることを受け入れられるだろうか。これが、わたしが求める実際なのではないか。誰がわたしの言葉の意味を把握できるだろう。しかし、あなたがたは、もはや不安に悩むことをやめ、積極的にわたしの言葉の本質を把握しなさい。それが、わたしの言葉を誤解したり、わたしの意味するところを正確に理解できず、わたしの行政に触れたりすることを防ぐだろう。わたしの言葉の中から、わたしがあなたがたについて意図していることを理解してくれることを願っている。自分の前途については、もう考えず、わたしの前ですべてを神の意思に委ねると決心したそのとおりに行動しなさい。わたしの家の内に立つ者はみな、できる限りの努力をしなければならない。あなたがたは、わたしの地上での働きの最終段階のために最高の努力をしなさい。あなたは、ほんとうに、そうしたことを実践する気持ちがあるだろうか。

1992年2月23日

終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

キリストに味方しない者は確実に神の敵だ キリストと融和する道を探せ キリストは、真理を以て裁きの働きを行う 神が人々の間で偉大な業を成し遂げたことを知っているか 終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる あなたは誰に忠実か 三つの忠告 神の性質を理解することの並ならぬ重要性 信者はどんな見解を持つべきか 堕落した人間は神を体現することができない 宗教奉仕を取り締まるべきである 神を信じているなら神に従うべきだ 現実をどのように知るか 神の心にかなう奉仕とは 今日の神の働きを知るということ 神の働きは人間が想像するほど簡単か 肉となった神と神に使われる人々との間の本質的違い 神の信仰は宗教的儀式でなく現実に焦点を合わせるべきである 今日の神の働きを知る人々のみ神に仕えることができる 神の国の時代は言葉の時代(前半) 神の国の時代は言葉の時代(後半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (前半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (後半) 「千年神の国は訪れた」についての短い話 あなたは生かされたか 性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである 二度の受肉が受肉の意義を完成させる ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート1) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート2) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート3) 本物の人とは何を意味するか あなたは信仰について何を知っているか 肉なる者は誰も怒りの日を逃れることはできない 福音を広める働きは、人を救う働きでもある 律法の時代における働き 贖いの時代における働きについての真実 あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (前半) あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (後半) 自己の観念で神を規定している人がどうして神の啓示を受けることができるだろうか 受肉した神の職分と人間の本分の違い( 前半) 受肉した神の職分と人間の本分の違い ( 後半) 神はすべての被造物の主である 神の働きと人の働き(前半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(後半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(前半) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート2) 神の宿る肉の本質 (前半) 神の宿る肉の本質 (後半) 神の業と人間の実践(前半) 神の業と人間の実践(後半) キリストの本質は父なる神の心に従うことである 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (前半) 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (後半) 神と人は共に安息に入る(パート1) 祈りの実践について 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋 (パート1) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート3) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート4) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋( パート1) 四番目の言葉 五番目の言葉 七番目の言葉 八番目の言葉 九番目の言葉 十番目の言葉 十八番目の言葉 十九番目の言葉 二十番目の言葉 二十二番目の言葉 二十六番目の言葉 二十九番目の言葉 十五番目の言葉 十二番目の言葉 二十一番目の言葉 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている(パート3) 神は人のいのちの源である 神の裁きと刑罰に神の出現を見る 神とその働きを知る者だけが神の心にかなう 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋 パート2 神の現れによる新時代の到来 ペテロはどのようにイエスを知るようになったか 呼び名と身分について(前半)

00:00
00:00

0件見つかりました