信仰において神を愛そうとするべき

神に仕える者は神のためにどのように苦しむかを知ることだけでなく、更に、神を信じるということは、神を愛することを求めるためであることを理解すべきである、ということを知っている。神があなたを用いるのは、単にあなたを精錬したり、苦しませたりするためではなく、あなたが神の行為を知るようになるためであり、人生の真の意義、とりわけ、神に仕えることは容易な業ではないことをあなたが知るようになるためである。神の業を体験することは、恵みを楽しむというよりも、むしろあなたの神への愛のために苦しむことである。あなたは神の恵みを享受しているのであるから、神の刑罰も享受すべきである――あなたは、これらのこと全てを体験しなければならない。あなたは神があなたの内に与える啓示を体験できることもあれば、あなたへの神の取り扱いと裁きを体験できることもある。そのようにして、あなたは全ての側面を体験する。

神は、あなたに裁きの業を行い、また刑罰の業も行った。神の言葉は、あなたを取り扱ったが、それはまた、あなたに啓示と明察も与えた。あなたが逃げたいと思う時、神の手は依然としてあなたを捉えている。こうした業は、全部人間に関する全てのことが神の意のままであることをあなたが知るようになるためである。あなたは神を信じることとは、苦難を受けること、または神のために多くの事を行うこと、あるいは自分の肉の平穏のため、自分にとって全てのことがうまくいき、全てが快適であることのためだと思うかも知れない――しかし、神を信じるためには、こうした目的はいずれも人間が持っていてはならないものである。あなたがそのように信じているのであれば、それは誤った見方であり、あなたは決して完全にされることはない。

神の行い、神の義なる性質、神の知恵、神の言葉、そして神の驚異とはかり知れない性質は、全て人々が理解すべきことである。そうした理解により、個人的な要望、及び自分個人の希望、心中の観念を取り除きなさい。これらのことを排除してはじめて、あなたは神の要求する条件を満たすことができる。このことを通してのみ、あなたはいのちを得、神を満足させることができるのである。神を信じることとは、この値なき人々の群れを通して神の行いと栄光が表出されるために、神を満足させ、神が求める性質を実際に生き抜くためのものである。これが、神を信じるための正しい観点であり、あなたが追求すべき目標でもある。

『言葉は肉において現れる』の「完全にされる者は精錬を経なければならない」より編集

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