日々の神の御言葉「精錬を経験することでのみ、人は真の愛をもつことができる」抜粋507

日々の神の御言葉「精錬を経験することでのみ、人は真の愛をもつことができる」抜粋507

153 |2020年10月7日

あなたがたはみな試練と精錬のさなかにある。精錬の間、あなたはどのように神を愛するべきか。精錬を経験した人は神に真の賞賛を捧げることができ、また精錬のさなか、自分に欠けているものが非常に多いことを理解できる。精錬が大きいほど肉を捨てることができ、人々への精錬が大きいほど神に対するその人たちの愛はより大きくなる。これはあなたがたが理解しなければならないことである。なぜ人は精錬されなければならないのか。どのような効果を挙げるのが目的なのか。人における神の精錬の働きの意義は何か。真に神を求めていれば、神の精錬をある程度まで経験した後、精錬というものは極めて素晴らしく、この上なく必要なことだと感じるだろう。精錬の間、人はどのように神を愛するべきか。神を愛する決意を行ない、神の精錬を受け入れることによってである。精錬されている間、あなたはナイフで心をえぐられるかのように、内なる苦しみに苛まれる。それでもあなたは神を愛する心によって神を満足させようとし、肉を労わろうとはしない。これが神への愛を実践することの意味である。あなたは内面で傷つき、苦しみもある程度に達しているが、それでも喜んで神の前に出てこう祈る。「ああ、神よ! 私はあなたから離れることができません。私の中には暗闇がありますが、それでもあなたに満足していただきたいのです。あなたは私の心をご存知です。どうかあなたの愛をもっと私にお授けください」。これが精錬のさなかにおける実践である。神への愛を基礎として使えば、あなたは精錬によっていっそう神に近づき、神との親密さが増す。あなたは神を信じているのだから、神の前で自分の心を差し出さなければならない。神の前で自分の心を捧げ、神に委ねるなら、精錬の間、あなたが神を否定したり、神から離れたりすることはあり得ない。このようにして、神との関係がより親密に、より正常になり、神との交わりもより頻繁になるだろう。いつもこのように実践すれば、あなたはさらに多くの時間を神の光の中で過ごし、神の言葉の導きの下でより多くの時間を生きるようになる。あなたの性質にもますます多くの変化が起き、認識は日々増えるだろう。神の試練が突如降りかかる日が来ても、あなたは神の側に立つことができるだけでなく、神への証しも行なえる。その時、あなたはヨブのように、ペテロのようになるのである。神への証しを行なったあなたは、真に神を愛し、神のために喜んで命を差し出すだろう。あなたは神の証人であり、神に愛される者となるだろう。精錬を経た愛は強く、弱くはない。いつ、どのように神があなたを試練に晒そうとも、あなたは自分の生死に関する懸念を捨て去り、神のために喜んですべてをなげうち、神のためにどんなことでも耐えることができる。かくして、あなたの愛は純粋になり、信仰は本物になる。その時初めてあなたは真に神に愛される者、神によって真に完全にされた者となる。

『言葉は肉において現れる』より引用

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