質問 6:中国共産党は無神論政党で神と真理に敵対的な悪魔組織だとわかりました。悪魔はサタンの化身でサタンと悪霊の生まれ変わりは神の宿敵である悪魔ですですから、神が終わりの日に中国で働くと中国共産党政府から狂ったように弾圧を受け迫害されることは避けられないのです。でも宗教界の指導者のほとんどは聖書に熟知した神様のしもべなのに、終わりの日の全能神の働きを求め、学ぼうとするどころか、批判し、非難し、徹底的に拒否しています。なんてことでしょうか! 中国共産党政府が神様の働きを非難するのには驚きませんが、なぜ宗教指導者までもが神様の働きを拒み、非難するのでしょうか?

回答:神は二度も受肉されました。二度とも宗教界や政府が一斉に抵抗し非難や迫害を受けこれは、「真の道はいにしえの時代より迫害されてきた」ことを証明しています。これを理解できない人が多いんです。特に神様の働きに対する宗教指導者たちの徹底的な非難には驚きを隠せません。実際これは不思議なことではありません。その昔、主イエスがその働きを行われていたとき、祭司長や律法学者、そしてパリサイ人らに徹底的に非難され、侮辱を受け、逮捕されました。この事実は聖書に明確に記述してあります。これら祭司長や律法学者パリサイ人たちは聖書を教え神に仕える身なのに、なぜ受肉した主イエスを非難し迫害し逮捕したのでしょう? 神様への信仰とは主イエスが見えた時に十字架につけることだと思っていたのでしょうか? 違います! ではなぜ神様に逆らうようなことを? 全能神はその奥義を解き明かしています。全能神の御言葉を少し読みましょう。

全能神は言われます。「あなたがたはパリサイ人がイエスに逆らったことの根源を知りたいか。あなたがたはパリサイ人の本質を知りたいか。彼らはメシアに関する空想に満ちていた。さらに、彼らはメシアが来ると信じていただけで、いのちの真理を求めなかった。だから今日になっても未だに彼らはメシアを待ち続けている。いのちの道に関して何の認識もなく、真理の道がどのようなものかも知らないからである。これほど愚かで頑固で無知な人々が、神の祝福を得ることなどあり得ようか。彼らがメシアを見ることなどできるだろうか。彼らは聖霊の働きの方向を知らなかったために、イエスの語った真理の道を知らなかったために、さらにはメシアを理解しなかったためにイエスに敵対した。彼らはメシアに会ったことがなく、メシアとともに過ごしたこともないために、彼らはみなメシアの名前にむなしく固執しながら、できる限りのことをしてメシアの本質に逆らうという過ちを犯した。これらのパリサイ人は本質的に頑固で、傲慢で、真理に従わなかった。彼らの神への信仰の原則は、『どれほど説教が奥深く、どれほど権威が高かろうとも、あなたがメシアと呼ばれない限り、あなたはキリストではない』というものである。これらの見方は不合理でばかばかしくないであろうか。あなたがたにもう一度問う。あなたがたが全くイエスを理解してこなかったことを考えれば、最初のパリサイ人たちと同じ誤りを簡単に起こしてしまうのではないか。あなたは真理の道を識別することはできるのか。あなたがキリストに逆らわないとあなたは本当に請け合えるか。あなたは聖霊の働きに従うことができるのか。自分がキリストに逆らうかどうかがわからないのなら、あなたは既に死ぬぎりぎりのところに生きているとわたしは言う。メシアを理解しなかった人々は皆、イエスに逆らい、イエスを拒絶し、イエスを中傷することができた。イエスを理解しない人々は皆、イエスを否定し、イエスをののしることができる。そればかりか、彼らはイエスの再臨をサタンの惑わしとして見ることができ、さらに多くの人が受肉し再来したイエスを非難するであろう。これらのことのせいで、あなたがたは恐ろしくならないのか。あなたがたが直面することは聖霊に対する冒涜であり、諸教会に向けた聖霊の言葉を台無しにし、イエスが表した全てをはねつけることとなる。それほど混乱しているのなら、イエスから何を得られるというのか。あなたがたが頑なに自分の間違いに気づくのを拒絶しているのならば、イエスが白い雲に乗って肉に戻ってくる時にイエスの働きをどのようにしてあなたがたが理解できるというのか。わたしは言う。真理を受け入れず白い雲に乗ったイエスの再臨を盲目的に待つ人々は、確実に聖霊を冒涜することになり、彼らは滅ぼされる種類である」(「あなたがイエスの霊体を見る時、神はすでに天地を新しくしている」『言葉は肉において現れる』)

荘厳な教会で聖書を読み、一日中聖句を唱える人がいるが、そうした人は誰一人として神の働きの目的を理解していない。そうした人は誰一人として神を知ることができず、ましてや神の心意と一致することなど到底できない。そのような人はみな、価値のない下劣な人であり、高い位置から神を説く。神を旗印に使いながらも、故意に神に反対する。神を信じていると断言しながらも、人の肉を食べ、人の血を飲む。そのような人はみな、人の魂を食い尽くす悪魔であり、正しい道を歩もうとする人をわざと邪魔する悪霊の頭であり、神を求める人を妨害するつまずきの石である。彼らは『健全な体質』をしているように見えるかもしれないが、神に対抗するように人々を導く反キリストに他ならないことを彼らの追随者がどうして知り得るというのだろうか。彼らが人間の魂をむさぼり食うことを専門とする生きた悪魔であることを彼らの追随者がどうして知り得るというのだろうか」(「神を知らない人はすべて神に反対する人である」『言葉は肉において現れる』)

各教派の指導者を見てみなさい。彼らはみな傲慢で、独善的で、彼らによる聖書の解釈には背景がなく、自分自身の想像に導かれています。彼らはみな才能と知識に頼って働きを行ないます。彼らがまったく説教できなければ、人々は従うでしょうか。彼らにもやはり多少知識があるので、何らかの教義を説くことができたり、人を勝ち取る方法や、策略の活用法を知っていたりします。彼らはそれを用い、人々を自分たちの前に連れてきて惑わします。名目上、それらの人たちは神を信じますが、実際には指導者に従っているのです。そうした人が真の道を説く人物に出会うと、『私たちの信仰について、指導者に相談しなければならない』と言う人がいます。神に対する彼らの信仰は人間が媒介になっているわけですが、それは問題ではありませんか。それで、これらの指導者はどうなりましたか。パリサイ人、偽の羊飼い、反キリスト、人々が真の道を受け入れるのを妨げる躓きの石となったのではありませんか」(「真理を追求することだけが、神を真に信じることである」『キリストの言葉の記録』)

人が神に反対する理由は、一方ではその堕落した性質から、他方では神を知らないことと神が働く原理と人への神の心意を理解していないことに由来する。これら二つの側面を一つにすると、人が神に抵抗してきた歴史を構成する」(「神を知らない人はすべて神に反対する人である」『言葉は肉において現れる』)

全能神は言葉でパリサイ人や、牧師や長老たちの神様への反抗の根源を明確に述べています。宗教指導者は真理ではなく聖書の知識と神学理論を追求することだけに没頭しています。彼らは皆真理に飽きて敵対さえしています。全能神の表すことすべてが真理であるとわかると、敵意に満ち、神様を批判し、非難し、拒むようになるのです。ユダヤ教のパリサイ人が主イエスの御言葉を聞いたとき、それが神様から発せられた権威と力を持っていることを公然と認めました。それなのになぜ主イエスを非難し投獄し十字架につけたのでしょう? 主イエスの御言葉が真理であるとわかっていたのですから、「主イエスはメシアなのですか?」と、神様に祈り、その答えを求めるべきでした神様は間違いなくお答えになったでしょう。しかし彼らは、神様に祈ることも、答えを求めることもせず、主イエスを冒涜罪に定めたのです。主イエスに、「お前はメシアか?」と繰り返し聞き、主イエスが直接お答えになっても信じませんでした。パリサイ人がいかに傲慢だったかこれでよく判ります聖書を崇拝し過ぎたのです! 真理を示したキリストを全く尊重しませんでした。主イエスがどれほど真理を示しても、主の言葉にどれほど権威があり力強くても、メシアという名前ではない限り主イエスに逆らい非難して十字架に釘付けにさえしたのです。ユダヤ教の指導者たちは真理を嫌う悪魔だったんじゃないですか? もし主イエスが真理を示さなかったら彼らはそこまで憎しみを抱いたでしょうか? これは、真理を憎むパリサイ人の悪魔的な本性を完全に暴きました。これこそパリサイ人が主イエスに逆らう根源なのです。主イエスがパリサイ人を暴露して言われました。「ところが今、神から聞いた真理をあなたがたに語ってきたこのわたしを、殺そうとしている。……わたしは真理を語っているのに、なぜあなたがたは、わたしを信じないのか。神からきた者は神の言葉に聞き従うが、あなたがたが聞き従わないのは、神からきた者でないからである(ヨハネによる福音書 8:40、46-47)。なぜユダヤ教の指導者達が主イエスに逆らい殺したのかよくわかります。それでなぜ終わりの日に宗教界の牧師や長老が狂ったように全能神に逆らい非難するのか理解するのは難しいことではありません。神様の働きを経験した人なら、真理を憎む人たちは、必然的に神様を批判し、非難し、拒むことを実感します。終わりの日の全能神の裁きの働きは、人間のサタンの性質を清めるものですが、それは、真理を表すことによって人を裁いて清めるのです。真理を受け入れる者は清められて救われ、真理を拒否する者のサタンの性質は変えられることなく、神に逆らい、裏切り続けるのです。全能神教会では真理にうんざりして敵対する者は完全に暴かれこのような未信者や反キリストは捨てられ追放されます。宗教界の牧師や長老たちはなぜ全能神を故意に非難して冒涜するのか? それは、全能神がたくさんの真理を表し、多くの人々の心を勝ち取り、救ったからではないでしょうか? 全能神の働きで正体が暴かれたため神様を憎んで非難し悪の本性を完全に露呈しました。なぜ神様は、その本性を暴かれた反キリストを憎み、呪うのか? それは彼らが神の選民を神から奪い取り神の羊を彼らの手にしっかりと支配し真の道を学び、受け入れることを禁じようとするからです。独自の王国を創り人の命を傷つけて虐殺する悪魔となり神様の性質を犯そうとするので、神様に非難され呪われるのです。

牧師や長老たちが全能神を断罪する根拠は何でしょうか。その問題をはっきりさせなければなりません。彼らはまず、全能神の働きが聖書の記録にない事を持ち上げ、神の言葉はすべて聖書に書かれていて聖書の外には存在しないと信じています。だから全能神の働きを否定するのです。次ぎに聖書の預言がどう成就するか理解していません。パリサイ人のように規則に従うだけで、主イエスの説教がどれほど深遠で権威があっても、どれくらい真理があっても主が「メシア」と呼ばれない限り主イエスを非難し、拒み十字架に磔にさえしました、その次ぎに彼らは受肉したキリストを認めず、神が受肉することも認めません。使徒ヨハネによれば、彼らは反キリストなのです。最後に彼らは中国共産党政府が流したうわさや嘘をもとに、終わりの日の全能神の働きを否定し中国共産党にさえ味方します。共産党が全能神教会を完全に禁止するのが待ちきれないのです。考えさせられるのは、なぜ主イエスは説教や働きのためにシナゴーグに行かれなかったのか、なぜ神様の心に従う者を、荒野に探しに行かれたのか、ということです。主イエスは間違いなくシナゴーグから追い出されていたでしょう。ユダヤ教の指導者に捕まり権力者に引き渡されていたわでは、もし私たちが教会にいって全能神について証したとしたら、どうなると思いますか? 間違いなく、警察に通報されているわ。宗教指導者が全能神に反抗する様子はまさに当時のパリサイ人が主イエスに反抗したのとうり二つです。彼らが真理を憎む反キリスト、悪い僕です。私たちが天国に入る邪魔をする悪魔です!

映画『天国への危険な道』より引用

前へ: 質問 5:全能神を受け入れて以来、牧師と長老が邪魔をして聖書の説明ばかりして反論したり拒否してもあきらめないし、嫌がらせとしか言いようがなくて、私たちが弱気になった時はこんなに熱心じゃなかったのに、全能神を受け入れた途端怒ってアメと鞭で人を悩ませるんです。私たちを地獄に引きずり込むまで止めないのよ! 不思議なのは牧師も長老も主に仕えて来て聖書も良く知っているから、全能神が示した言葉はすべて真理だとわかるはずなのに、なぜ学ぼうとしないのか? 全能神を断罪して、拒んで冒涜する前に終わりの日の御働きを調べてみればいいのに全能神を受け入れるのをあんなに妨害するのはどうしてなのか、理解に苦しむんですどうしてなんでしょう説明してくださいますか。

次へ: 質問 1:聖書の中でパウロは、私たちは権力者に従うべきと言っているが、もしパウロの言葉を通りにしたならば、常に国を治めている政権の言うことを聞かなければならない。しかし、無神論者である中国共産党は、信仰ある人たちを迫害している神様の敵だ。主を信じることを禁止するだけでなく、神の福音を述べ伝える人たちを捕まえ、迫害する。もしそれに従って主を信じず、福音も述べ伝えなかったら、主に反抗するサタンに加担し、主を裏切ることにならんだろうか? 私たちは滅びに定められたものとなるんじゃないか? 本当によくわからん! 私たちの現政権への対応が御心に叶っているかどうかなんて、どうやって判るのだ。

信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。

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質問:主イエスは「わたしの羊はわたしの声に聞き従う」(ヨハネによる福音書 10:27)とおっしゃいました。主はお戻りになり、御言葉を発して羊を呼び集めていらっしゃいます。私たちが主の到来をお迎えする上で大事なのは、主の御声を聞こうと探求することです。しかし一番の問題は、主の御声をどうやって聴くのか知らないことです。神様の御声と人の声との区別もできないので、間違いなく主の御声だとわかるにはどうしたら良いのですか。

神の声は心と霊で聞く必要があり、心が同じなら分かり合えます。神の言葉は真理であり、力と権威があるので、心と霊があれば分かります。全能神の言葉を少し読んだだけで、多くの人が神の声であると確信できます。神は受肉のたびにその段階の働きをします。神の指示で特定の言葉を少し伝えるだけの預言者とは全く違います。

質問 2:私は神を見たことがないし、神のどのように働いたり世界を支配しているのかも見たことがない。私には神を認識して受け入れるのは難しい。私の長年の宗教研究からは宗教的信仰は精神的な栄養に過ぎないと思います。人類の精神的空洞を埋めるものです神を信じる人たちも最終的には皆死にますね。そして死んだ人のうちだれが天国に行って誰が地獄に落ちたのかなんて誰も知らないのです。全ての宗教的信仰は非常に曖昧で非現実的です。科学が発達し人類が進歩するにつれ、宗教的信仰なんてものは捨てられ消えていくでしょう。我々はまだ科学は信じなければなりません。科学こそが真理であり現実です。これはだれも否定できません。科学はまだ神を否定していませんが、神の存在を証明もしていません。もし科学が神の存在を証明し、神がすべてを支配していることも証明出来たら神を信じることはできます。我々共産主義者は科学を信じるのです。科学を信じ発展させることによってのみ人間社会は進歩するのです。科学は人間社会の問題を沢山解決することが出来ます。神を信じることによって人は何を得られますか? 一時的な精神的な安心以外に何の役に立つのですか。実際的な問題には何の役にも立ちませんよね。従って科学を信じたほうが神を信じるよりずっと現実的です。私たちは科学を信じなくてはなりません。

回答:無神論は何よりも科学を重んじます。科学を真理や信仰のように扱うほどです。科学がもし真理ならば何故多くの科学的理論が確立されても、すぐにまた反論され無効にされるのですか? これは科学が真理などではないことの裏付けではありませんか。科学は人間社会の最も現実的な問題を解決できます…

質問2.神の御国は地上にあるのか天にあるのかわかりません。主イエスは何度も「天の国は近づき!」「来る」と。この「天の国」とは天にある国のことで、地上には有り得ないでしょう?

「天」とは常に神を意味し、「天の国」とは神の御国のことです。ヨハネの黙示録にあります。「神の幕屋が人と共にあり」「この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。」つまり神の御国は地に造られ、この地上の国は、最後に神の御国になるのです。

質問 2:全能神教会では、主イエスの再来について、すでに証をされている、と常々伺っています。そして主イエスの再来こそが全能神だと! 全能神は真理を表し、終末にその裁きの働きをなさいます。しかし宗教界の大半の人々は、主が雲に乗って再臨されると信じています。これは、主イエスが明白に言われたからです。「そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう」(マタイによる福音書 24:30)。ヨハネの黙示録にも預言されています。「見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。また地上の諸族はみな、彼のゆえに胸を打って嘆くであろう」(ヨハネの黙示録 1:7)。私も主が雲に乗って再臨され、我々を天国へ直ちに連れて行って下さると信じています。雲に乗って来られない主イエスを受け入れることはできません。あなた方は、主の再臨は肉の人として、ひそかになされると言います。でも、誰もそのことを知らないと。しかし、主が雲に乗り、公に降臨されるということは絶対的です! ですので、主が雲に乗って公に現れ、直ちに天国にお連れ下さることを、我々は待っています。我々の理解は正しいですか、正しくないですか?

もし主が戻られ、肉の主イエスがなさったようなやり方で、人の間で働いたとしましょう。我々が認めなかったら、パリサイ人がしたようにやはり彼を裁き、彼を非難し、もう一度磔にするでしょうか?その可能性があると思いますか?主イエスは再来することについて多くを語ったが、あなた方は主は雲に乗って来られるというその預言のみに固執し、他の預言を探究していません。これでは主に見捨てられてしまいますね。

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