真理を実践して人間らしく生きる

2021年1月30日

以前は、こう思っていました。「本分を尽くし、兄弟姉妹と仲良くして、明らかな罪を犯さなければ、人間らしく生きている」と。でも神の御言葉に何度も裁かれ、暴かれて、やっと分かった。人間らしさとは、ただの表面的な振る舞いじゃない。大切なのは、神の御言葉を実践し、何かあっても自分の利益を捨てて原則を守り、神の働きを支えて神の御旨を想うこと。

2018年7月、私たちの教会の姉妹が伝道のさなか、逮捕されました。彼女は我が家に滞在してたから、警察が彼女を尾行してたなら、私の居場所も突き止めるはず。私たちは急いで住まいを移したわ。落ち着いた直後、責任者が来て言いました。「3人の兄弟姉妹が尾行され、逮捕された。彼らが集会に出たところの人は皆、引っ越したわ。あなたたちも気を付けて」。それを聞いて思った。「すでに警察は複数の兄弟姉妹を逮捕した。ずっと彼らを監視してきたに違いない。共産党は神と真理を嫌う。神の教会を閉鎖し、信者を逮捕するため、手がかりをつかんで大魚を釣ろうと狙ってる。集会場所はすべて監視されてるかも。そこで暮らす兄弟姉妹は皆、すぐに移動すべきだわ。でも責任者は、逮捕者が出かけた場所にだけ知らせ、ほかの場所には何も伝えなかったの。責任者に訴えるべきか迷った。訴えないまま何か起きれば、兄弟姉妹が何人逮捕され、拷問されるか分からない。教会の働きにも害が及ぶ。けど訴えても聞き入れられなかったら、または『臆病すぎる』と言われたら、私への好印象が台なしになるかも」。悩んでいると、こんな神の御言葉が頭に浮かびました。「あなたは神の働きのためになることは何でもするべきであり、神の働きに有害なことは一切してはならない。神の名、神の証し、神の働きを守るべきである」(「神の国の時代に神に選ばれた人々が従わなければならない行政命令十項目」『言葉は肉において現れる』)。御言葉を読んで目が覚めた。私は信者として神の働きと教会の益を守らなければ。そのあと、私の考えと意見を彼女に伝えました。でも言い終わらないうちに、彼女は顔をしかめて言ったの。「移動させる? こんなささいなことから逃げていて、神の支配を信じられる? あなたには霊的背丈があり、班を率いる力があると思ってたけど、何かあると、とたんに萎縮してしまうのね」。そう言われて、すごくつらかった。彼女からこう取り扱われて、ほかの人たちはどう思うだろう。彼女にも、どう顔向けすればいいだろう。でも教会の働きを支え、兄弟姉妹の安全を守ることを考えると、もう一度、話し合いたかった。けど彼女の頑とした態度を思うと不安でした。「取り扱われた直後にまたこの件を持ち出したら、真理の現実に欠ける、傲慢で強情な人間だと言われるはず。真理を求める人だと思われなくなるかも。彼女は私を常に高く評価し、重要な本分に加えたり、助言を求めたりしてくれた。私が自分の意見に固執したら、彼女は私の養成をやめるかもしれない。そうすれば周りから見下される。もう忘れよう」。そして何も言わず、おとなしくしてたの。

責任者が去ったあと、不安になって静かに祈ったわ。すると、こんな御言葉が頭に浮かんだ。「人間性の要素のうち最も根本的で重要なのは良心と理知です。良心を欠き、正常な人間性の理知をもたないのはどのような人ですか。一般的に言えば、それは人間性を欠いた人、悪しき人間性の人です。それをじっくり分析しましょう。この人には人間性がないと言われるほどの堕落した人間性を、そうした人はどのように示しますか。そのような人がもっている特徴はどういったものですか。そうした人が示す事柄は、具体的にはどのようなものですか。そのような人の行ないはいいかげんで、個人的に関係ないことには無関心です。神の家の益を考慮せず、神の旨に配慮を示すこともありません。神を証しすることや本分を尽くすことの重荷を負わず、責任感などまったくないのです。……また、本分を尽くす中で問題を見ていながら黙する人さえいます。他の人たちが妨害し、かき乱しているのを見ても、止めようともしないのです。彼らは神の家の益を微塵も考慮せず、自分の本分や責任についてもまったく考えません。彼らが語り、行動し、注目を集め、努力し、精力を費やすのは、ひとえに自分の虚栄心、名声、地位、利益、そして名誉のためなのです」(「自分の真心を神に捧げると真理を得ることができる」『キリストの言葉の記録』)。御言葉は、私の実情を暴いてた。集会場所が危険で、兄弟姉妹を移さなければ逮捕されるとわかってたのに、責任者から臆病で信仰心に欠けると言われ、評価されなくなることを恐れた。原則と教会の働きを守ろうとしなかった。真理を分かっていたのに、実践しなかったの。そこで神に祈りました。「神よ。私が信仰で真理を実践していないことを、現実が示しています。神の働きを守っていません。自分の名声、地位、利益ばかり考えている。ひどく身勝手で卑劣な人間です。神よ、どうか私をお導きください。心から悔い改めたいのです」。そのあと、私たちは本分において常に安全に配慮すべきだと、「働きの手引」に定められていることを思い出しました。安全な環境があってこそ、兄弟姉妹は落ち着いて本分を尽くせる。神の家の働きも簡単には妨げられない。それから、自分の考えを班のメンバー数人に話しました。「ほかの集会場所も危険だ、移動させるべきだ」と、彼らも賛同してくれた。責任者と会ったら、もう一度話そうと決めたわ。真理を実践する勇気を与えてくださるよう、神にも祈った。

数日後、別の責任者の張姉妹が私たちの班を訪れ、逮捕の話を聞いたか、そのことについてどう思っているかと訊きました。私は即答した。「ほかの集会場所も安全じゃないかもしれない。念のため、彼らにも引っ越すよう伝えるべきです」。言い終わるより早く、張姉妹は厳しい調子で言いました。「安全? 安全に神を信仰できる場所が中国のどこにあるの? どこにいれば危険がないの? 今は福音を広める重要な時期。ことあるごとに萎縮して、どうして本分を尽くせる? 神の働きが終わり、共産党が崩壊するまで、隠れていたいの?」私は思ったわ。「そういう意味じゃない。神も恵みの時代におっしゃってる。『わたしがあなたがたをつかわすのは、羊をおおかみの中に送るようなものである。だから、へびのように賢く、はとのように素直であれ』(マタイによる福音書 10:16)『一つの町で迫害されたなら、他の町へ逃げなさい』(マタイによる福音書 10:23)」中国で本分を尽くすには知恵が必要です。でも張姉妹は集会場所の移動を望んでない。それが彼女の答え。あくまで言い張れば、真理を受け入れない問題人物だと言われるかもしれない。すると張姉妹は言いました。「臆病者には本分を尽くせない。逮捕されたらユダになってしまう」。その言葉に葛藤を抱いたわ。「皆の移動を促し続けたら、責任者たちから臆病者だと思われるだけ。解任される可能性すらある。そしたら、周りからどう思われるだろう。みんな、私の熱意に好印象を抱き、問題があれば交わりを求めてくれた。臆病者で、真理を受け入れない人だと思われたら、同じように見てもらえなくなる。恥ずかしくて顔向けできない」。いろいろ考えましたが、正義感はもう消えていました。困った人だと張姉妹に思われたくなくて、こう言ったわ。「思ったことを言っただけです。どうするかは、あなたたちにお任せします」。

それから数日後の朝、ある姉妹が慌てて私たちに言いました。先日の逮捕の一件のあと、一部の集会場所がすぐに移されず、警察が彼らを尾行していて、責任者3人と、集会場所にいた数名が拘束された、と。それを聞いて、たまらなくつらかった。あのとき原則を守り、重要性を説いていたら、または教会指導者に直接連絡していたら、こんな状況にはならなかったはず。大勢が逮捕され、教会の働きも大きく妨げられた。私さえ、責任を持って原則に従っていれば。でも、もう手遅れ。危険かもしれない人たちにできるだけ早く知らせて、共産党の悪の手に落ちないようにすればそれでよかった。すぐさま兄弟姉妹に動いてもらい。

あとでこう振り返った。「神の家の利益と教会の働きを守るべきなのは分かってた。なのに、どうして実践できなかったの? なぜ、そんなに身勝手なの? なぜ、自分の利益を守るだけなの?」そして神の御言葉を読みました。「人が神の働きを経験し、真理を得るまで、人を内側から管理し支配するのはサタンの本性です。この本性は具体的に何を伴っているでしょうか。例えば、あなたはなぜ利己的なのですか。なぜ自分の地位を守るのですか。なぜあなたの感情はそんなに強いのですか。なぜそうした不義な物事を好むのですか。なぜそのような悪を好むのですか。あなたがそのような物事を好む根拠は何ですか。それらの物事はどこから来るのですか。あなたはなぜそれらを喜んで受け入れるのですか。それらの物事の背後にある主たる原因として、そこにはすべてサタンの毒が含まれていることをあなたがたは今ではみな理解しています。サタンの毒とは何かといえば、それは言葉で十分表現できます。例えば、邪悪な行いをする人に、なぜそのような事をするのかと聞くならば、こう答えるでしょう。『己を怠る者は、天罰を受け地が滅ぼす』。この単純な言葉が問題の根源を表しています。サタンの論理が人々のいのちとなり、人はさまざまな目的で物事を行うかもしれませんが、とにかく全て自分の為に行います。『己を怠る者は、天罰を受け地が滅ぼす』のだから、人は自分のために生き、自分にできるあらゆることをして良い地位を確保し、必要な食べ物や衣類を手に入れなければならないと、人はみな考えます。『己を怠る者は、天罰を受け地が滅ぼす』。これが人のいのちであり、哲学であり、また人間の本性を表しています。この言い習わしこそサタンの毒であり、人の中に取り込まれるとそれは人の本性となるのです。サタンの本性はこの言葉をとおして暴露されています。サタンの本性を完全に表現しています。この毒は人のいのちとなり、人の生存の基礎ともなります。何千年もの間、堕落した人類はこの害毒に支配されてきました」(「ペテロの道を歩むには」『キリストの言葉の記録』)。御言葉は、私たちの身勝手さの根源を明かしています。私たちは、「己を怠る者は、天罰を受け地が滅ぼす」、「賢い人は保身に長け、ひたすら過ちを犯さないようにする」というサタンの毒で生きている。その毒が本性そのものになっていて、誰もが自分のために戦って生きてるの。自分の利益のためなら、他者の利益だって犠牲にする。堕落した人はみんなこのような生き方をして、より身勝手で不実になる。そして世界は一層暗く、邪悪になる。信者の私でさえ、神の御言葉が自分のいのちになってなかった。私の考えはサタンの毒で腐敗したままだった。だから真理を分かっていたのに実践しなかったの。責任者を怒らせて、自分の評判を傷つけるのが怖かった。真理と教会の働きではなく、自分の名誉と地位を優先させていた。なんて身勝手なんでしょう。私がいつ何の本分を尽くすかは、神が予定されています。でも私は愚かにも、自分の運命は責任者の手中にあり、彼らに背けば本分を失ってしまうと考えてた。神の家では真理と義が支配するのに、それを否定していたのでは? 未信者のような見方をしていた私は信者じゃなかった。すると、神の御言葉が頭に浮かんだ。「神の働きや神の家の利益に対する損害がどれほど大きくても、あなたは良心の咎めを一切感じません。それは、あなたがサタンの性質で生きる人だということを意味します。サタンがあなたを操り、人間とも悪霊とも言い切れないものとして生きるようにしているのです。あなたは神のものを食べ、神のものを飲み、神から来るすべてのものを享受していますが、神の家の働きが何らかの損害を被ると、それは自分に関係ないことだと思い、そうなるのを見ても『自分の肘を外に曲げ』さえして、神の側に立つことも、神の働きや神の家の利益を守ることもしません。それは、サタンがあなたを支配していることを意味します。そうではないですか。このような人は人間として生きていますか。明らかに、彼らは悪霊であって人間ではありません」(「真理を実践する者だけが神を畏れる」『キリストの言葉の記録』)。全能神の御言葉は、剣のごとく私の心を貫きました。神がお作りになった空気を吸い、食べ物を食べ、神からいのちと真理を享受していたのに、神の愛に報いることを考えなかった。神の家の働きが深刻な害を受け、兄弟姉妹に危険が迫るのを見ても、自分のことばかり考えて、原則を守ろうとしませんでした。その結果、20人以上が逮捕され、投獄され、拷問を受けて、福音の働きもひどく妨げられた。堕落して生きると、言いようのない結果を生む。私の行為は全くの悪事。神はなぜ身勝手な人を嫌うのか、なぜそういった人を人間性に欠け、サタンに属する人間と言うのか、それまで理解してなかったけど、やっと分かったの。身勝手な人は自分のことばかり考え、他者を顧みない。教会の働きを邪魔してでも自分の利益を守る。そのどこに人間性が? 動物のほうがまだマシです。犬は飼い主の家を守るすべを知っていて、忠誠心がある。なのに私は神から多くを得ながら、飼い主の手をかんでいた。忠誠心のかけらもなく、人間と呼ばれるに値しない。そのとき気づきました。神が身勝手な人を生けるサタンと呼んでも大げさではないことに。悔い改め、変わり、真理を実践しなければ、悪事を行い、神に抵抗し、神から懲罰される。この失敗から分かりました。真理の追求、そしてサタン的性質の解決なくして、真理の実践も、神への服従もかなわない。どれだけ長く信仰しても、どれだけ犠牲を払って苦しんでも、決して自分の性質を変えられず、救わることもないのです。そのあと、祈りました。「全能神よ。教会の働きと兄弟姉妹に多大な害が及びました。私が真理を実践せず、原則に沿っていなかったからです。神よ、私は悪事を犯しました。悔い改め、あなたの吟味を受け入れる覚悟です。私が変わっておらず、身勝手で、神の家の働きを支えないようなら、どうぞ裁き、罰してください」。

そう祈ってから、この御言葉を読みました。「自分の利己的で卑しい正体があわらになり、そのことを自覚したときは、真理を求める必要があります。神の旨に沿うにはどうすればいいのか。どう行動すれば皆のためになるのか。つまり、まず自分の利益を棚上げにすることから始め、その利益を自分の霊的背丈に合わせて少しずつ手放していかなければなりません。何度か経験していると、それを完全に棚上げできるようになり、そうするうちにますます安定を感じるようになります。自分の利益を棚上げすればするほど、あなたは人として良心と理知を備えるべきだと感じるようになります。そして利己的な動機を持たなければ、自分はまっすぐで公正な人間であり、ただ神を満足させるために行動しているのだということを実感するでしょう。そしてそのような行動を通じて、自分が『人間』と呼ばれるにふさわしいものになるのを感じ、地上でそのように生きていると、自分が公平かつ正直であり、純粋な人間であり、潔白な心を持っており、神に授けられたすべてのものに値すると感じるようになるでしょう。そのように生きれば生きるほど、揺るぎない明るい気持ちになれるのです。その結果、あなたは正しい道に足を踏み入れてはいないでしょうか」「いつも自分のために物事を行なったり、絶えず自身の利益を考えたりしてはいけません。自分の地位、体面、評判を考えないこと。また、人の利益を考慮してはいけません。まずは神の家の利益を考慮し、それを最優先にしなければなりません。神の旨を想い、自分が本分を尽くす中で不純だったかどうか、全力で忠誠を尽くし、全力で自分の責任を果たし、自分のすべてを捧げたかどうか、そして自分の本分と神の家の働きを心から考えてきたかどうかを熟慮することから始めなさい。あなたはこれらのことを考えなければなりません。これらのことを頻繁に考えなさい。そうすれば、立派に本分を尽くすのがより簡単になります」(「自分の真心を神に捧げると真理を得ることができる」『キリストの言葉の記録』)。これを読んでわかりました。神の御言葉と真理によって生き、神の御旨を心に留め、何事においても自分の利益を手放し、神の働きを守ること。それこそがクリスチャンとして、高潔に、立派に、人間性をもって生きる道です。そうすれば心が安らぐ。自分は神の御言葉を実践し、公明正大な人間にならなければならない。

11月のある日。夜10時すぎに、新しい責任者の李姉妹が私たちの班を訪れました。2日前、パートナーである劉姉妹が遠くから来た姉妹に会いにいったきり、戻ってこないというのです。逮捕されたのではないかと心配してた。もしそうなら、すぐに移動するようみんなに伝えなければ。でも何かの理由で帰宅してるのかもしれない。みんなを移すと本分に影響が出るはず。そう思った李姉妹は、どうすべきか分からずにいました。それを聞いて思ったわ。「劉姉妹は神を長年信じ、本分にも堅実に打ち込んできた。自宅に戻ったなら、私たちに知らせてるはず。きっと逮捕されたんだ。急いで指導者に伝えなきゃ」でも、こうも思った。「李姉妹は責任者。彼女が確信を持てず、教会の働きを乱さないかと心配してるなら、どうして私が確信できる? わざわざみんなを移動させて、もし劉姉妹が逮捕されてなかったら、きっと指導者に取り扱われる。教会の働きを乱したと言われるかも。それでも伝えるべき? 伝えないべき?」

葛藤のなか、神の御言葉を読みました。「あなたは神の働きのためになることは何でもするべきであり、神の働きに有害なことは一切してはならない。神の名、神の証し、神の働きを守るべきである」(「神の国の時代に神に選ばれた人々が従わなければならない行政命令十項目」『言葉は肉において現れる』)。「局面が重大であればあるほど服従し、自分の私欲、虚栄心、自惚れを捨て去り、正しく本分を尽くせることができれば、そのとき初めてその人は神に記憶されます。それらはどれも善行です。人が何をするかにかかわらず、もっとも大切なのは次のどちらですか。自分の虚栄心や自尊心ですか、それとも神の栄光ですか。(神の栄光です。)自分の責任と自分自身の利益、大切なのはどちらですか。自分の責任を果たすのがもっとも大切なことであり、あなたはそのようにする義務があります」(「神と真理を得ることが何よりも幸せなこと」『キリストの言葉の記録』)。神の働きを支え、しっかり本分を尽くすよう、神は私たちにはっきり伝えています。自分の利益と教会の利益のはざまで葛藤している私を、神は見ておられた。以前のように身勝手に振る舞えば、人間性に欠けてることになる。前回はつらい教訓になり、ひどい代価を払った。同じ過ちは繰り返せない。そこで李姉妹に言いました。「劉姉妹が帰宅した可能性もあるけど、確信は持てない。最悪の事態に備えて、兄弟姉妹を移動させるべきです。もし違っても、教会の働きと、みんなの安全を守るために。大きな視野で考えましょう。危険が迫っているのにすぐ対処せず、みんなが逮捕されたら、私たちはユダになる。後悔しても手遅れです。日に日に危険は高まってます。今すぐ行動しましょう」。そして、ほかの教会の信者が逮捕された経緯を話しました。李姉妹は賛同して、翌朝早くに動き出してくれた。翌日の晩には、私たちも引っ越しました。

移動中に責任者から聞かされたわ。「劉姉妹と他の姉妹が逮捕され、集会場所にいた別の4人も捕まった。でも私たちは間に合った。ぼんやりしてたら、もっと大勢が捕まったはず」。それを聞いてはらわたが煮えくり返りました。共産党は何て邪悪なの! 中国のような大国に、クリスチャンが隠れる場所もないなんて。また、教会の利益を守る重要性も感じました。今回は真理を実践して責任を果たせ、害も少なかったので、気持ちが落ち着いたわ。御言葉によって生きることが、人間性を持って生きる唯一の道だと感じた。神の御言葉の裁きがなければ、きっとサタンの哲学や性質に縛られたまま、悪事を犯して神に抵抗してたはず。その体験もできた。さもないと自分の利益を手放すことも原則を守ることもできず、人間性を持てなかった。全能神の御言葉にもあります。「自分の責任と義務を果たし、本分を尽くし、自分の利己的な欲求や意図や動機を捨て去り、神の旨を考慮し、神と神の家の益を第一にすることができるなら、それをしばらく経験した後、それがよい生き方だと感じるようになります。それは卑劣で役立たずな人間になることなく、正直かつ誠実に生きること、心が狭かったり卑しかったりするよりむしろ、公正かつ高潔に生きることです。人はそのように生きて振る舞うべきだと感じるようになります」(「自分の真心を神に捧げると真理を得ることができる」『キリストの言葉の記録』)

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