167 彼は真理であり道でありいのちである
1 その言葉は生命力を備えており、わたしたちが歩むべき道を示し、真理とは何かを理解させてくれる。わたしたちはその言葉に引き付けられるようになり、その口調や話し方に注目し始め、そして無意識のうちに、この目立たない人の心の内に関心を持ち始める。彼はわたしたちのために労力を惜しまず、わたしたちのために睡眠も食欲もなくし、涙を流し溜息をつき、病気に苦しみ、わたしたちの終着点と救いのために屈辱を耐え忍び、わたしたちが鈍感で反抗的なために心から涙と血を流している。このような存在とその持てるものは、普通の人を超えているし、堕落した人間が誰一人として所有も到達もできないものだ。彼には普通の人にない寛容と忍耐力が備わっており、その愛はどんな被造物にも授けられていないものなのだ。
2 わたしたちの考えをすべて知り、わたしたちの本性や本質をこれほど明確かつ完全に把握し、人類の反抗的で堕落した性質を裁き、天国の神の代理としてわたしたちに語りかけ、このように人の間で働くことができる人は、この人をおいて他にいない。彼以外に神の権威、英知、そして威厳を授けられている者はいない。この人からは神の性質、そして神が所有するものと神そのものが、あますところなく発せられている。この人以外に、わたしたちに道を示し、光をもたらせる者はいない。彼以外に、神が天地創造から今日まで明かしてこなかった奥義を明らかにできる者はいない。彼以外に、わたしたちをサタンの束縛やわたしたち自身の堕落した性質から救える者はいない。
3 彼は神を体現しており、神の心の奥底にあるものと訓戒、そして全人類に対する神の裁きの言葉を表現している。彼は新しい時代、新しい紀元を開き、新たな天地と新しい働きを到来させた。そして彼はわたしたちに希望をもたらし、漠然としていたわたしたちの生活を終わらせ、わたしたちの全存在をもって救済の道を完全にはっきりと目撃できるようにしてくれたのである。彼はわたしたちの存在そのものを征服し、わたしたちの心を得た。その瞬間からわたしたちの心は覚醒しており、霊が生き返ったように思われる。この平凡で取るに足らない人物、わたしたちの間で生きながらも長年わたしたちに拒否され続けてきたこの人こそ、わたしたちが寝ても覚めても絶えず思い続け、日夜待ち望んできた主イエスではないだろうか。そう、彼なのだ。実際そうなのだ。この人こそがわたしたちの神なのだ。彼こそが真理であり、道であり、いのちである。
『神の出現と働き』「附録4:神の裁きと刑罰に神の出現を見る」(『言葉』第1巻)より編集