質問3.聖書の中でパウロが言っています。「どうか、あなたがた自身に気をつけ、また、すべての群れに気をくばっていただきたい。聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである。」これが証拠です。牧師や長老は聖霊に選ばれたんです。それはつまり神に選ばれたということだ。神が牧師や長老を監督に選んだのは、間違いないことなんですよ。

解答: 宗教界には道理に反した人がいて、よく聖書の言葉を誤用して規則を作ります。彼らは偽善者であるパリサイ人や宗教界の牧師が、みな神に使われる者だと主張しています。これは神に逆らって冒涜することと同じでは?多くの人がそれを区別できないんです。主を信仰しても主を讃えず、代わりに賜物や地位や権力に傾倒して、ただ牧師や長老を崇拝します。聖霊の働きがあり真理を持つ者なのかを、区別できていません。単純に牧師が証明書を持ち、才能があり聖書を解釈できれば、神に認められた人なのだと信じて、みんな従ってしまうんです。中にはもっと重症な人もいます、牧師や長老に従うことは神に従うこと、逆らえば神に逆らうことになると信じているんです。このような観念で行動するのは、ユダヤ教の祭司長や律法学者、パリサイ人と同じです。聖書を良く知っており、内容を説明することはできても、主イエスが現れ働いた時に、反抗し非難することになります。更には、主イエスを磔にするようなことになるんです。これが神に任命されて使われる者ですか?絶対違います。ユダヤ教の指導者に倣って主イエスに逆らい、非難したら、それは神に従っていることになるんでしょうか?それでは逆にユダヤ教の指導者を拒否し、主イエスに従ったなら、それは神に逆らっていることになるでしょうか?「牧師たちに従うことは神に従うこと」「牧師たちに逆らうことは神に逆らうこと」この考えはあまりにもばかばかしいまやかしです。私たちは神の信者です。宗教界の牧師や長老が神に逆らって、真理を犯し神に反抗する道へ導こうとするなら、私たちは神の側に立ってそれを暴露し、そういう者を拒否するべきです。それが神に従うことです。闇を捨てて光を呼び、神のご意思に沿えるのです。牧師や長老への対処に当たっては、真理と神のご意思についてよく考えましょう。もし牧師や長老が真理を愛し追究するならば、必ず聖霊の働きがあります。私たちを神の言葉へと導いて、悪を遠ざけてくれるはずです。そういう人を敬ってついていく、それでこそ神のご意思にかないます。もし彼らが真理を愛さず、聖書や神学理論の知識を盾に、自分をひけらかし、地位を築くことに執着し、自分に従わせる人ならば、さらに神を讃え証しし、私たちを御言葉の実行へと導かない人ならば、それは神に非難され呪われる者なのです。そして、その人を崇拝して従う人も同様に神に反抗することになります。神のご意思に背いていることになります。

 今宗教界にいる人は、神に反している牧師や長老をほとんど見抜けません。多くの人が牧師や長老が聖書を理解し、解釈できる限り。その発言が聖書の内容に従ったものである限り、彼らに従うべきだと信じています。これは一見間違っていないように見えます。ですが、本当に彼らは聖書を理解しているのでしょうか?神の働きを知っているのでしょうか?聖書の知識があれば、神を知っているんでしょうか?牧師や長老の聖書の話で、人は真理と神を知り御心に従うようになれますか?宗教界では誰もこの問題を理解していないでしょう。思い出してください、ユダヤ教のパリサイ人たちは一見したところ、聖書を理解し、説明していたようでした。しかし、主イエスが働きを始めた時主がわからなかった、代わりに聖書の字面と規則を利用して、事あるごとに主イエスを捕まえ、主イエスを非難しました。そして、主イエスが神の言葉を語ったからと、神を冒涜するものだとして主を責めたてました。最後には主イエスを冷酷にも磔にしました。なぜそんなことをしたのでしょう?傲慢で神を知らなかったからではないですか?この事実からも分かりますよね、聖書の知識を持ち、うまく説明ができても、真理と神を知っているとは言えません。神の働きを理解してるとは言えません。神の働きを真に経験する者なら、神の言葉を実行しようと努力します。神の言葉の中に驚異的な偉業を見て、人類を救おうとされるお考えを理解し、神の働きの中で語られた言葉はすべて、人々が入るべき真理だということを理解します。神がなぜこのような真理をお示しになったのか、意図は何なのか、働きによって、何を達成しようとされているのか、ちゃんと理解できるはずです。そういう者だけが神の働きを真に理解して、聖書と真理について本当に理解できるのです。聖書を本当に理解している人は、聖書の中で神の言葉について交わることや神が求めること、神の性質について交わることに注意を払うのです。そして人々を真理の現実に導き神を畏れ従うようにさせてくれるのです。宗教界の牧師と長老が説いているのはどんなことですか?そのようなものを説いた結果どうなるでしょうか?その結果、人はますます傲慢になってしまうでしょう。知識を盾に負けを認めなくなる、その結果、神が受肉され真理を示されたとしても、神を拒み逆らい、反発するのです。ということは、聖書の知識を説く牧師や長老が実は、神に逆らっているんですね。昔のパリサイ人と同じだ。なぜ牧師や長老たちは、神の言葉を実行したという話ができないのでしょうか?神の働きと性質について、なぜ話ができないのでしょうか?そうなるのは、神の御言葉と真理を本当に経験してないからです。聖書を研究し、知識を得ることだけに、力を入れている結果なのです。これでは、聖霊の働きを受けることはできませんね。そのような彼らの奉仕が神に認められると思われますか?神は受肉されて真理を示し、裁きの働きをされすべての人を明らかにしました。例えば、真理を愛する者、真理を憎む者、良いしもべ悪いしもべ、神に仕えるか欲におぼれるか、明らかにされます。宗教界の牧師や長老は聖書の文章から一部だけを抜き出し、自分の観念に頼って解釈しています。聖書の外に神の言葉や働きはないとまで決め付け、終わりの日の神の働きに逆らうため、あらゆる虚偽を広めます。これは人を誤解させ欺く行為です、違いますか?どれだけ多くの信者がそのような虚偽に傷つき滅びたことでしょう。どれだけの人が神の御座の前に導かれる機会を、婚宴に出られる機会を、勝利者になれる機会を、失ってきたかわかりません。このような牧師や長老は、真の道を受け入れようとしている人々を邪魔しようとしていませんか?

 全能神の言葉を読むと彼らの見分け方が、よくわかるでしょう。全能神は言われます。「どの教団、教派の指導者を見ても、みな独善的で聖書を勝手に解釈しています。彼らは賜物と学識に頼って働いています。彼らが説教をすることが出来なければ、人々はそれでも付いて来るでしょうか。指導者たちはそれなりの知識を得、教義を少しは語ることができ、他の人々を勝ち取ったり策略を用いたりして自分達のところへ人を集め、欺いてきました。欺かれた人々は、名目上神を信じてはいますが、実際には神ではなく指導者に付き従っているのです。真の道を語る人に彼らが出会ったならば、『信仰について、私たちの指導者に相談する必要がありますね。』と言う者もいるでしょう。彼らには神に対する信仰に関して、誰かの承認が必要なのです。それは問題ではないでしょうか。指導者達はどのような存在になったのでしょう。パリサイ人、偽羊飼い、反キリスト、真の道を受け入れようとする人々にとっての躓きになったのではないでしょうか。」『キリストの言葉の記録』の「真理の追求のみが真の神への信仰」より

 「荘厳な教会で聖書を読む者たちは毎日聖書を暗唱するが、一人として神の働きの目的を理解しない。一人として神を知ることができない。さらに、一人として神の心と一致していない。彼らは皆価値のない、卑劣な人々だが、それぞれ神を教えるために高い地位に就いている。彼らは神の名をこれ見よがしに振りかざすが、故意に神に反抗している。彼らは自分たちを神を信じる者と呼びはするが、人の肉を食し、その血を飲んでいる者たちである。そのような人々は皆人の魂を貪り食う悪魔、正しい道に一歩踏み出そうとする人々を故意に混乱させる悪霊のかしら、神を探し求める人々の道を妨げる躓きの石である。彼らは『健全な肉体』の者たちであるが、彼らの信者たちはどうしたら彼らが人を神に敵対する方向へ導く反キリストであると知ることができるだろうか。どうしたら彼らが魂を好んで求めては貪り食う悪魔の権化であることを知ることができるだろうか。」(『言葉は肉において現れる』の「神を知らない者はすべて神に反対する人々である」より)

 全能神は神に奉仕していながら神に逆らい、人を欺いている牧師や長老の正体を明らかにしました。牧師や長老たちは聖書の文脈から語句を抜き出して謝った解釈をします。自分の観念と想像を頼りに、聖書と神学論を説明するのです。知識をひけらかし、地位を築き人に崇拝されるためです。主を証しするわけではありません、ひたすらに人を自分に従わせようとします。こんなに多くの人が牧師や長老など聖書を説明できる人を崇拝するのに、なぜもっと主のことをあがめないのでしょうか?どう思われますか?こうして全能神が裁きの働きをされていても、人々は真理を学び求めようとしません、神にお祈りしないで牧師たちのところへ行って、命令に従うだけです。信仰しているのは、主なのかそれとも牧師なのか?これについては、自分自身を振り返ってみるべきです。主イエスは宗教界のパリサイ人が神に反していることを明らかにした。それなのに、なぜ終わりの日の宗教界で牧師や長老を見抜けないのでしょう?今でも多くの人が彼らを崇拝して従っています、無意識に神に反抗しているのです。パリサイ人のように神に憎まれるでしょう。なぜこうなったのでしょう?牧師や長老たちにだまされてしまった結果ではないですか?真理を愛し、神の出現を待ち焦がれている多くの人が、牧師や長老の反キリストの本性を見抜くようになりました。皆さんは宗教を去り、全能神の裁きを受け入れました、これで子羊の婚宴に招かれます。一方で、牧師や長老をいまだ崇拝し従う者は、神様の御働きにより見捨てられるでしょう。もうすぐ大災害が起こるでしょう。全能神の終わりの日の働きを受け入れようとしない者は、みんなこの災害に巻き込まれ泣いてくやしがるでしょう。

『呪縛を解く』の映画台本から

前へ: 質問2.牧師や長老たちは皆、主に聖別され、任命されたのだと信じるべきです。彼らは主に仕える者です、牧師や長老に従うことは主に従うことなのです。牧師や長老に逆らい非難することは主に逆らうことになるのです。牧師や長老だけが聖書をよく理解し解釈できるのです。彼らだけが 私たちを導けます。牧師や長老の言うことは聖書に従っていて、聖書を基にしているので、それを守り従うべきです。牧師や長老が聖書に従っているのなら、それを受け入れ従うべきです。何が悪いのですか?

次へ: 質問4.牧師はみんな聖書に精通してる、教会で聖書を解釈し褒めそやすので、神を知っているものだとずっと思っていました。終わりの日の受肉された神の働きは、なぜ激しく非難されるのでしょうか?多くの牧師や宗教界の指導者たちが非難するのなら、真の道ではないはずです!

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質問4.いま、主がお見えになり天国へ招かれるという考えは、思い込みだとわかりました。主の御言葉を裏切る行為です。主の再来をどう待てば引き上げられるか、もう少し詳しく教えてください。

 実は主イエスは私たちを引き上げるとおっしゃっています。「あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。」

質問2.私は神を見たことがないし、神がどう働き世界を支配しているのかも見たことがない。私には神を認識し受け入れるのは難しい。私の長年の宗教研究からは、宗教的な信仰は精神的な栄養に過ぎない。人類の精神的な空洞を埋めるものです。神を信じる人たちも最終的にはみんな死にますね。だれが天国に行って誰が地獄に落ちたのかなんて分からないのです。全ての宗教的信仰は非常に曖昧で、非現実的です。科学が発達し、人類が進歩するにつれ、宗教的信仰なんてものは捨てられ、消えていくでしょう。我々はまだ科学は信じなければなりません。科学こそが真理であり、現実です。誰も否定できません。科学はまだ神を否定していませんが、神の存在証明もしていない。もし科学が神の存在と神の支配を証明出来たら、神を信じることはできます。我々共産主義者は科学を信じるのです。科学を信じ、発展させることによってのみ、人間社会は進歩するのです。科学は人間社会の問題を沢山解決することが出来ます。神を信じて何を得られますか?一時的な心の慰め以外に何の役に立つのですか?実際の問題を解決しない。従って、科学を信じたほうが神を信じるよりずっと現実的です。科学を信じなくては。

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「わたしの羊はわたしの声に聞き従う」と主は言いました。主が戻られ、羊を集めていると分かりました。主を待つとは主の声を探し求めることですが、問題は主の声をどうやって聞くのか知らないことです。神の声と人間の声の区別がつきません。絶対に主の声だと分かるにはどうしたらいいですか?

神の声は心と霊で聞く必要があり、心が同じなら分かり合えます。神の言葉は真理であり、力と権威があるので、心と霊があれば分かります。全能神の言葉を少し読んだだけで、多くの人が神の声であると確信できます。神は受肉のたびにその段階の働きをします。神の指示で特定の言葉を少し伝えるだけの預言者とは全く違います。

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