516 神の言葉を受け入れて経験を深めなさい
神の言葉を受け入れれば受け入れるほど、人はより啓かれ、神を認識することの追求においてますます飢えと渇きを感じるようになる。神の言葉を受け入れる人だけが、より豊かで深遠な経験をすることができる。そしてそのような人は、いのちが胡麻の花のように成長し続けられる唯一の者たちである。いのちを追求する人はみな、それを自分の定職として扱うべきである。また、「神がおられなければ、わたしは生きられない。神がおられなければ、わたしは何も成し遂げられない。神がおられなければ、何もかもが空虚だ」と思わなければならない。そこで、そのような人は「聖霊の臨在がなければ、わたしは何もしない。神の言葉を読んでも効果がなければ、わたしは何かをすることに無関心だ」という決意も抱くべきである。自分を甘やかしてはならない。いのちの経験は神の啓きと導きから生じるのであって、それはあなたがたの主観的な努力の結晶である。あなたがたは自分自身に対し、「いのちの経験について言えば、わたしは自分の好きなようにすることはできない」と求めるべきである。
『神の出現と働き』「正常な状態へ入るには」(『言葉』第1巻)より編集