終わりの日の人々は神の怒りを見たことがない

創造の時から今日まで、この最後の集団ほどに神の恵みと憐れみを享受した集団は他になかったと言えるだろう。最後の段階では、神は裁きと刑罰の業を行い、威厳と怒りによって業を行っているが、ほとんどの場合神は業を成し遂げるために言葉のみを用いる。言葉により教え、育て、施し、養うのである。その間神の怒りはずっと隠されており、神の言葉の中に神の怒りの性質を体験する場合を除いては、神の怒りを実際に体験したことのある人はほとんどいない。


つまり、神の裁きと刑罰の業が行われている間、神の言葉の中に現されている神の怒りによって人々が神の威厳と人間の悪に対する不寛容さを経験することはできるが、神の怒りはその言葉以上のものにはならないのである。言い換えれば、神は言葉を用いて人を戒め、暴き、裁き、罰し、責めることすらするのである。しかし神はまだ人間に深い怒りを持っておらず、そして言葉以外に人間に対する怒りを発したことはほとんどないのである。したがって、この時代に人間が経験した神の憐れみと慈愛も、神の真の性質の現れである一方で、人間が経験した神の怒りは単に神の言ったことと口調の影響に過ぎないのである。多くの人がこの影響を神の怒りの真の経験と認識だと誤解している。


ほとんどの人々が神の言葉の中に神の憐れみと慈愛、そして人間の罪に対する神の不寛容を見たと信じており、ほとんどの人々が神の人間に対する憐れみと寛容を知ったとさえ思っている。しかし人間の行いがどれだけ悪かったとしても、どれだけ人間の性質が堕落していたとしても、神はいつでもそれに耐えてきた。神が忍耐する目的は、自身の語った言葉、神が注いだ労苦、神が払った代価が、神が勝ち取りたいと願っている人々の中に効果をもたらすことである。


『言葉は肉において現れる』の「神の働き、神の性質、そして神自身 2」より編集

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