神の受肉の権威と意義

I

人の霊的器、認識、愛、忠誠、従順さ

そして人が見る全てのものは

神の言葉による裁きからきた

あなたの信仰は、神の言葉の上に成り立ち

それを通して神の驚くべき業を見る

神の多くの業は 人間には不可能だった

また大いなる奥義と奇跡で溢れる

そう、だから多くの者が服従した

神の言葉による裁きをしのぐ者も

彼の権威にまさる闇も無い

神の受肉と権威

そして言葉による裁きの故に人は服従する

II

神の言葉の前では、かつて服従したことのない者さえ跪く

神の言葉による裁きの前に彼らはひれ伏し

その言葉を詮索せず

自らの舌で裁くこともしない

神の肉を見ると、まるで神が平凡であるかのよう

だが、神の言葉は人に見せる

彼が権威に満ち溢れていることを

彼が神自身であることを言葉は表す

彼に背ける者はいない、彼は肉なる神そのものである

III

受肉の神は言葉を語る

耳のある者全てが聞き彼の裁きを受けるために

神は霊の姿で人をおびえさせて服従などさせない

人の奥深くの隠れた古い性質が

この真実で類ない業により明示される

人がそれを認め自分を改めるために

神の裁きは実践的で言葉により下される

これが神の受肉の権威と重要性だ

これが神の受肉の権威と重要性だ

神の言葉による裁きをしのぐ者も

彼の権威にまさる闇も無い

神の受肉と権威

そして言葉による裁きの故に人は服従する


『言葉は肉において現れる』の「受肉の奥義(4)」より編集

前へ: 肉と聖霊の業は、同じ本質から成る

次へ: 受肉した神を通して人はもっと神を知ることができる

信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
連絡先
Line経由で連絡する

関連記事

患難の中で証しに立つ者たちは勝利者だ

神の国の時代 人は完全にされる 神の国の時代に実に完全に 征服の業が終わる時 人は精錬と患難を通らされる 征服が終われば 患難の中、勝利する者、証しに立つ者 ああ、彼らこそが 最後に完全にされ、勝利者となるだろう 患難の間 人には精錬が望まれる それは神の業の最終段階だ 神…

神は人の真心を望む

今の人は神を大切にしない 彼らの心の中に神はいない 苦難が訪れる日 人は神へ真の愛を示せるのか 神の業は人の心に価しないのか 何故人は神に心を捧げないのか 何故人は心を固く守り手放さないのか 人の心は喜びと平和を保証できるのか 人の正義に形などはなく 触れたり見たりすることは…

人への神のあわれみ

語義的には、「惜しむ」という語は様々な解釈が可能である。第一に、愛して守ること、何かを貴く感じることの意味がある。第二に、深く愛慕することの意味がある。そして第三に、傷つけることができない、傷つけることに耐えられないという意味がある。つまり、この語は、愛慕の念と、人や物への愛…

人を救う神の意図は変わることがない

人々は、神の様々な性質、神がもつもの、神であるものの側面、また神の働きについてはある程度理解しているものの、この理解の大部分が、表面的な読書、原理の理解、あるいは単にそれらについて考えることに留まっています。人間に最も不足しているのは、実経験から得られる真の理解と見解です。神…

設定

  • 文章
  • テーマ

単色

テーマ

フォント

文字サイズ

行間

行間

ページ幅

目次

検索する

  • 表示テキスト内検索
  • 全文検索