神の権威をサタンは決して越えられない

定的な言葉に該当するので、そうした不正で邪悪な出来事の全てはサタンの行為と密接に繋がっており、サタンの邪悪な本質と不可分のものである。サタンの「力」や、大胆さ、野望がどれほどのものであったとしても、サタンの損傷を与える能力がどれほど優れていたとしても、サタンが人間を腐敗させ、誘惑する能力の幅広さがどれほどのものであったとしても、サタンが人間を威嚇する謀略や計略がどれほど狡猾であったとしても、またサタンが存在する形態をどれほど変化させることができたとしても、サタンには生き物を造る能力や、万物に対する法則や規律を定める能力があったことは無く、命のあるものかないものかを問わず、どのようなものも支配する能力があったことは無い。


どのようなものも支配する能力があったことは無い。広大な宇宙の中で、サタンから生まれた人間や物、サタンのおかげで存在する人間や物、サタンに統治され、支配されている人間や物は、全く存在しない。それとは反対に、サタンは神の支配権の下で生活する必要があり、さらに神の指示と命令にすべて従う必要がある。神の許可なくしては、サタンにとってひとしずくの水やひと握りの砂に触れることさえ困難である。また神の許可なくしては、サタンは蟻を地に這わせることさえままならないのであるから、神の造った人間を動かすことなど到底できるはずがない。


神から見ると、サタンは山のユリの花よりも劣り、空を舞う鳥や海の魚にも劣り、地のウジ虫にも劣る。万物の中におけるサタンの役割は、万物に仕え、人間のために仕え、神の業と神の経営(救いの)計画に資することである。サタンの本性がいかに悪意に満ちているか、その本質がいかに邪悪であるかによらず、サタンにできることは、神に仕え、神に対照を提供するという、その機能に従順に従うことのみである。これがサタンの本質であり位置づけである。サタンの本質は命や力、権威から切り離されており、サタンは神の手の中にある玩具のようなもの、神のための役立つ道具に過ぎない。


『言葉は肉において現れる』の「唯一無二の神自身 1」より編集

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