永遠の苦悶

2022年7月15日

全能神は言われます。「サタンにより堕落させられた魂はすべて、サタンの領域に囚われている。キリストを信じる者のみが分離され、サタンの軍勢から救われ、今日の神の国へと導かれた。これらの人々は、もはやサタンの影響下にはいない。それでもなお、人間の本性は人間の肉に根ざしている。つまり、あなたがたの魂は救われているが、あなたがたの本性は依然として昔のままであり、あなたがたがわたしを裏切る可能性はいまだに100パーセントである。このために、わたしの働きはこれほど長期に及んでいるのだ。あなたがたの本性が手に負えないからである。現在あなたがたは皆、自分の本分を尽くすため全力を尽くして苦難に耐えているが、それでも一人一人がわたしを裏切り、サタンの領域、サタンの陣営に戻り、昔の生活へと戻る可能性がある。これは否定できない事実である。そのときあなたがたは、現在のように人間性や人間としての姿をわずかでも示すことはできないであろう。深刻な場合は神により滅ぼされ、さらに永遠に罪に定められ、厳罰に処されて、生まれ変わることも二度とないであろう。これがあなたがたを待ち受ける問題である」(『言葉は肉において現れる』の「極めて深刻な問題――裏切り(2)」)。昔は、自分には10年以上も信仰あると思っていた。すべてを捨てて神に追随し、本分のために苦労することができ、中国共産党の弾圧にも耐えられると。神に献身し、絶対に背かないと思っていました。自分が中国共産党警察に逮捕され、ひどい拷問を受けた時に尊厳を失い、サタンに屈するとは思いもしなかった。神を裏切る自分の本性が暴かれたのです。この大失態を考えるたびに、とても心苦しくなり、一生後悔してもしきれません。

2008年のことです。中国共産党は再び大規模な弾圧を始め、全国のクリスチャンを逮捕しました。あれは8月のある日、各地の教会のリーダーや兄弟姉妹が逮捕されたことを知りました。私は、余波に備え、教会の資産を移動させるため、兄弟姉妹数人にすぐ連絡しました。教会の業務をすべて整えるのに2週間以上かかりました。その時は自分のしたことにとても満足していました。中国共産党が必死に逮捕しようとしている中、勇敢に立ち向かい、教会の仕事を守った、最も神に献身し、神の旨に配慮していると。逮捕された何人かがユダとなり、神に背き、兄弟姉妹を裏切ったと聞いたとき、私は彼らを見下し、心の中で決意しました。「いつか逮捕される日が来たら、自分はユダになることなく死ぬのだ」と。自分の信仰は強いと思っていました。驚いたことに、2009年の正月直後、中国共産党は再び、「雷霆3号」という、全能神教会を標的とした掃討を始めました。ある日、数人の兄弟姉妹と集会に参加していると、30人以上の警官が突入してきました。私たちは市の公安局に連行され、別々に取り調べを受けました。警察が知りたかった情報は2つ。リーダー、同労者の名前と住所、そして教会の財産の額と隠し場所です。警官らは「話さなければお前の命はない」と脅します。その時はあまり恐怖を感じませんでした。私は子供の頃からかなり苦労したと思う。だから拷問を受けても我慢できると思いました。本分を尽くし、神に忠誠心もあるから、何があっても神に守ってもらえるだろうと。口を割らない私を見て、警察は主催者の家を出入りする私の防犯カメラ映像と写真を出し、過去数か月で行ったすべての場所を挙げながら、「白状しろ」と言った。決定的な証拠を出され、心配になりました。否定しても信じてもらえない、そう思い、神に祈りながら、自分がユダにならないように求めました。それでも話さない私を見た警官は憤慨して言いました。「痛い目に遭いたいようだな!」同時に私は縛りつけられていた鉄の椅子ごと倒され、仰向けになりました。そして警官らは芥子油とわさび水を混ぜた液体を私の鼻に注射器で注入し、目にこすりつけました。刺すような強烈な刺激で、息ができないほどでした。目は鋭い痛みで開けられず、腹も焼けるようでした。警官らは私の上半身を裸にし、私を後ろ手に縛って、無理やり腕をひねり上げました。疲れると引き出しで私の腕を支えた。私は痛みに耐え、一言も話さなかった。私が口を割らないので、警察のやり方はますます卑劣に。再び私を鉄の椅子に手錠で括り付けると、2本の電線の片側を両足の親指に結び、反対側をスタンガンにつなぎました。そして冷水を浴びせながら、何度も電気ショックを加えたのです。感電によって全身がけいれんし、心臓も振動していたのを感じました。本当に、このまま死ぬような気がしました。拷問は夜中の2時まで続き、

翌日になると秘密の尋問室に連れて行かれました。部屋に入ると、至るところに血痕が。恐ろしかったです。ここで自分も痛めつけられて死ぬのだと思いました。突然、一人の警官が何も言わずに私の両腕を鉄の椅子に巻き付け、私と椅子を一緒に床に押し付けました。手錠のせいで手首にすでに深い傷を負っていたので、血が流れていました。両手は風船のように腫れていた。床に押し付けられた瞬間、信じられないほどの痛みが走り、私は神に繰り返し祈ることしかできませんでした。警官らは次々と教会を中傷する嘘を言いました。これを聞いていると、吐き気と怒りがこみ上げました。話さない私を見て、警官の1人が激怒して、スタンガンで何度も私の全身と顔、口にまで電気ショックを与えました。青い閃光が見えましたが、目は決して開けませんでした。でもバチバチという電気ショックの音と皮膚が焼ける臭いはわかりました。警官の1人が正気を失ったようで、ビニール袋を私の頭に被せると私が窒息しそうになるまで外してくれませんでした。他にも下半身を強く蹴る警官や、太さ4センチの木の棒で私を打ち付け始めると怒って声を張り上げる警官もいました。「刑具は100種類以上あるから、1つずつ試してやる。死んだ奴は穴に埋めれば問題ない。何も言わないなら、8年から10年の懲役だ。体が不自由になっても最後まで服役させる。出所しても残りの人生は生きる価値がなくなるだろう!」これを聞いてとても不安になりました。「体が不自由になったら、どうやって生きていけばいいのだ」。警察はパソコンからデータを手に入れたと言っていた。私が話さなくても、他の人を逮捕して、私が売ったと言うのだろう。そうすれば教会の全員に嫌われ、合わせる顔がなくなる。警官らが休憩した時、顔中が腫れ上がっているのがわかりました。瞼も腫れて目が開かず、ほとんど何も見えませんでした。手首からは血が流れ、全身が火傷だらけでした。心臓が収縮し、呼吸もままならず、このまま死ぬのだと思いました。1人の警官がこう言うのが聞こえた。パソコンに詳しい人が私のパソコンのすべてのデータにアクセスしたと。急に怖くてたまらなくなりました。「これで終わりだ。リーダーと同労者の情報、そして教会の名簿と帳簿も入っている」。パニックになり、次にどうすべきかがわからなくなりました。その夜、警官らが部屋に三脚を設置しました。私は後ろ手にきつく縛られ、三脚から吊り下げられました。宙に60センチほど浮いた私を、警官らは前後に揺らした。揺らされる度に私の腕にはひどい痛みが走り、大粒の汗が顔を流れた。そのとき、警察が言ったことを考えました。私が死んでも問題ない。体が不自由になっても刑を受けるという話を。もう無理だと思いました。「ここで死んだらどうなるだろう。まだ30歳なのに、ここで死んだら人生が無駄になる! 体が不自由になって働けなくなったら、どうやって生きて行ったらいいのか。もうデータをすべて手に入れたのだから、私が口を割っても同じだろう。少しだけ話せば、命は救ってもらえるかも」。でも続いてこう思った。「ダメだ。ユダと同じになってしまう」。心の葛藤が続きました。ユダになるくらいなら死ぬと神に祈っても、時間が経つにつれ痛みも増します。その夜、午前2時か3時ごろ警察の拷問にいよいよ耐えられなくなり、限界が来ました。教会の情報提供に合意したのです。私はやっと降ろされました。降ろされても私はただ床に寝て動くこともできず、腕の感覚はありませんでした。警察から、主催者2人が住む階と部屋番号を確認され、認めました。その瞬間、私は兄弟姉妹を裏切った。頭の中が真っ白になりました。パニックになり、恐ろしいことが起こる気がした。神の御言葉を思い出しました。「わたしを悲しませる者は誰であれ、再びわたしから寛容な扱いを受けることはない」。自分が神を裏切り、神の性質に背いたことをはっきり知った。神は二度と私を許さないことを。苦痛を感じ、心から自分を恨みました。「なぜ仲間を売ってしまったのか。歯を食いしばってもう少しだけ耐えれば、なんとかなったかもしれないのに」。罪悪感と後悔でいっぱいでした。後は警察が何をしようとしても、口を閉ざしました。その後、神と兄弟姉妹を裏切って、ユダとなり、許されないことをしたと考える度に、とても苦しくなり、信仰の道は行き詰ったように感じました。死刑を言い渡され、いつ監獄で死んでもいいような気分でした。

その時、予期せぬことが起こったのです。逮捕から4日目の朝5時を少し過ぎた頃、担当の看守が熟睡していたので、私は静かに縄をほどき、窓からとび出しました。そしてなんとか兄弟の家にたどり着いたのです。ただちに手紙を書き、教会リーダーに主催者の2人を売ってしまったことを伝え、彼らにも今すぐ気を付けるように言った。リーダーは私を安全な場所にかくまってくれました。危険を冒してまで私を守ってくれる教会メンバーに、申し訳なく思いました。私は神を裏切り、兄弟姉妹を売った。私はユダでした。誰かに守ってもらう価値などない人間です。兄弟姉妹に合わせる顔もなかった。神の御言葉を読みました。「すなわち、患難の時にわたしに全く忠誠を示さなかった者にわたしはもはや憐れみは与えない。わたしの憐れみはそこまでしか届かないからである。さらに、わたしは、かつてわたしを裏切った者は誰も好まず、ましてや友の利害を裏切る者と係ることを望まない。それが誰であれ、これがわたしの性質である。あなたがたに伝えなければならないことがある。つまり、わたしを悲しませる者は誰であれ、再びわたしから寛容な扱いを受けることはなく、これまでわたしに忠実であった者はとこしえにわたしの心に留まるのである」(『言葉は肉において現れる』の「終着点のために十分な善行を積みなさい」)。心の底まで揺さぶられました。一言一言が鋭く突き刺さった。患難の中で神への忠誠心がなかった人は私。神を裏切り、友人の利益を売った人は私。神の心を傷つけた人は私。私は臆病にも神を裏切り、兄弟姉妹を売りました。そして神の性質を大きく侵した。神の寛容を二度と受けられず、懲罰される運命にありました。考えれば考えるほど辛くなり、涙をこらえることができませんでした。

数日後、私が売った主催者の家にいた姉が逮捕され、家宅捜査を受けたそうです。私は、危険を冒して私をかくまい、面倒を見てくれた彼女を売りました。中国共産党がクリスチャンにどれだけ残忍かは重々承知で、自分も拷問に遭ったのに、自分の命が大事なあまり、彼女を悪魔の手に渡しました。なんとひどいことでしょう。自分の頬を何度か平手打ちし、神の前にひれ伏して祈りました。「神様、私はあなたを裏切り、兄弟姉妹を売りました。人間ですらなく、生きる資格もありません。呪われ、懲罰されて当然です。私の死でさえも、あなたの義なのです」。心は少しも落ち着かず、苦しみ続けました。夜は悪夢で何度も目を覚ましては、考えました。「どうして神を裏切り、ユダとなることなどできよう? 家族も仕事も捨てて神を信仰したこの何年か、本分がどれだけ危険でもあきらめたことがなかった。なぜ一晩で神を裏切り、ユダとなることなどできよう? なぜあんなことをしたのか?」逮捕直後は、証しをしたいと思っていたのに、酷く痛めつけられて命の危険を感じると、恐怖で怯えました。警察は全能神の信者を殺してもとがめられない障がいを負っても私は刑を受けると聞かされ、不自由な体でどう生きたらいいのか心配になりました。まだ30歳で、死んだら人生が無駄になります! そして警察が、私のパソコンのパスワードを破り、教会の情報をすべて手に入れたと言ったとき、こう妥協した。「白状しようがしまいが同じだ、少し情報を漏らせば命は助かるだろう」。私は尊厳を失い、ユダになりました。神を裏切った一番の理由は、死ぬのが怖くて、自分が生きることばかり考えていたからです。以前は苦を受けられる、神に身を捧げられると思っていました。私に限って神を裏切ることなどないと。でも逮捕され拷問された瞬間、本来の性格が出ました。自分には真理の現実も、神への本当の信仰もないということを知りました。試練と困難、死の危険に直面すると、いつでも神に抵抗し、神を裏切る。死を恐れる自分の問題を解決したくて、神の御言葉を読みました。こちらです。「すべての人間の中で、誰が全能者の目に見守られていないのか。誰が全能者の定めの中で生きていないのか。人間の生死は自分の選択で生じるものなのか。人間は自分の運命を左右できるのか。多くの人は死を求める。しかし、それは彼らからは遠い。多くの人は人生において強くありたいと願い、死を恐れる。しかし、彼らの知らないところで死の時は近づいてきて、彼らを死の淵に陥れる」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第十一章」)。「人が自らの生命を犠牲にする覚悟がある時、一切がささいなものとなり、彼らをしのぐ者はいなくなる。生命よりも大切なものがあるだろうか。ゆえに、サタンは人の中でこれ以上何も行なえず、人に対してできることはない。『肉体』の定義では、サタンによって堕落させられているものとあるが、人々が自分自身を真になげうち、サタンに振り回されることがないなら、誰も彼らを打ち負かすことはできない……」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉の奥義の解釈」の「第三十六章」)。神の御言葉は教えてくれました。私たちの生も死も含めて、すべては神の手中にあることを。いつ死ぬのか、痛めつけられ障がいを負うのか、それはすべて、人生のあり方にかかわらず、神があらかじめ定めたこと。すべては神からもたらされます。それが生でも死でも、神の計らいに従うべきです。サタンの迫害を受け殉教しても、神に証しできれば、価値ある、意味のある死となる。主イエスの御言葉を思い出しました。「自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを救うであろう」(ルカによる福音書 9:24)。主イエスの使徒と弟子のこと、そして神の福音を広め、旨を実践して殉教した多くの人のことを考えました。神は彼らの死を追悼しました。肉体は死んでも、魂は生きています。でも神を裏切り人を売り、ユダになった私は永遠の恥です。私は生ける死人、魂のない屍のようでした。裏切りを悔やみ、愚かさを恨みました。「警察はすでに教会の情報を持っている、白状しても変わらない」そう思いましたが、完全に間違っていました。赤い大きな竜に拷問されている間、神が見ていたのは私の態度。サタンの前で証しをするかどうかでした。警察が本当に情報を持っていようがいまいが、話すべきではありませんでした。警察に話したことで、私はサタンに屈したのです。恥の印です。真理を追究せず、神への真の信仰がなかったことを恨みました。生きる欲ばかりで、人格も尊厳もない自分が憎かったです。さらに、悪魔の赤い大きな竜が憎かった。あの悪魔は神と真理を極度に憎み、狂ったように選民を逮捕し迫害します。人々に神を否定させて裏切らせ、彼らの救いの機会を奪います。私は赤い大きな竜と決別すると決め、死ぬまで神に従うことを誓いました。

勝利者の体験について証しする記事を読んだことがあります。彼らは赤い大きな竜の拷問を受けたとき、サタンに勝ち、証しできるよう神の御言葉に拠り頼んだそうです。ますます自分を恥じた。彼らも私のように迫害を受けた信者なのに、どうやって痛みに耐え、証しをすることができたのか。なぜ自分は利己的で卑劣で、生きることに貪欲になり、裏切者のユダになったのか。私の裏切り行為がサタンの笑いの種になったことを考えると、心がえぐられるようでした。とても苦しくなり、自分が許せませんでした。とても悲観的になりました。この神の御言葉を読んだのはその時です。「大半の人は過ちを犯したことがある。たとえば、これまでに神に抵抗した人もいれば、神に反抗した人、神に不満の言葉をぶつけた人もいるし、あるいは教会にとって不利となる行ないをした人や、神の家に損害を与える行為をした人もいる。このような人はどう扱われるべきか。彼らの結末はその本性と、彼らがいつも見せる振る舞いに応じて決定される。……神はその時の環境や事情、実際の状況、その人の行動、およびその人の振る舞いや表わしたことに応じて一人ひとりを取り扱う。神が誰かを不当に扱うことは決してない。これが神の義である」(『終わりの日のキリスト講話集』より)。その後、説教の次のくだりを読みました。「弱さゆえに、逮捕後、少しだけ裏切る人がいます。彼らはサタンに奉仕をするのではなく、心ではまだ神を信じ、神に祈っています。少し裏切ったのは、背丈が未熟で肉が弱すぎるからです。しかし、彼らは完全に裏切るわけでも、サタンに奉仕するわけでもない。これは証しに立つことと同等です。一方で逮捕されたとたん、教会と兄弟姉妹を完全に売り、彼らを監視し逮捕する赤い大きな竜に協力して、二度と神を信じないと誓う署名すらする者は、神に完全に排除され、呪われる運命にあります……過去には、刑務所にいる間、弱さがゆえに少し裏切った兄弟姉妹がいました。しかしその後、良心の呵責に苦しみ、後悔して泣きながら自己嫌悪に陥りました。彼らは神の前で、懲罰を受けると誓いました。そして、もう一度逆境をくださいと祈りました。そうすれば、美しい証しをするチャンスを得て、神を満足させられるだろうと。そのように、頻繁に神に祈り、最終的に、普段どおり真理を追究し、本分を尽くし、聖霊の働きも得られるようになったのです。そのような人は、真に悔い改めた誠実な人なのです。神は彼らに哀れみをかけるでしょう」(『いのちに入ることに関する交わりと説教』)。この御言葉を読んでとても感動し、涙が止まりませんでした。神が誰かを判断する根拠は、過ちの背景と程度、そして真に悔い改めるかどうか。神は一度の過ちで彼らの行く末を決めるわけではありません。神の性質がどんなに義であるかを知りました。神の義には裁きと慈しみがあることを知りました。私は神を裏切り兄弟姉妹を売るという重大な過ちを犯しましたが、神は私を排除せず、悔い改めるチャンスをくださった。そして私を啓いて導き、神の旨を理解させてくだった。神が私たちにもたらす最大の救いに心から感謝します。神は本当に善意にあふれてる。自責の念と罪悪感は大きくなり、神に借りがあると感じました。心の中で決心しました。「また中国共産党に逮捕されたら、いのちを犠牲にしてもいい。拷問で殺されても、証しをし、サタンに恥をかかせる!」と。

数か月後、教会から別の本分を任せられました。私はとても感動しました。神を裏切り、神の心を傷つけたのに、神の大きな寛容と情けにより、悔い改めるチャンスをいただけました。このチャンスを大切にし、本分に最大の努力を投じることで、神の愛に報いるべきです。

あっという間に2012年12月になり、中国共産党が全能神教会の信者を逮捕し抑圧する大規模掃討をまた行いました。電話の監視と尾行により、多くの兄弟姉妹が逮捕されました。12月18日、私と一緒に本分を尽くしていた2人の姉妹が、電話を盗聴され、逮捕されました。その後まもなく2人のリーダーも逮捕。私はこれを聞いて、とても不安になりました。自分もすでに中国共産党の監視下にある可能性がとても高く、いつ逮捕されてもおかしくないはず。今回逮捕されたら、生きて帰ることはできないでしょう。そう考えるととても怖くなりましたが、すべては神の許しで生じることはわかっています。このように神に祈りました。「自分の身の危険はもう顧みたくない、この危機に立ち向かい、本分を最大限に尽くしたい。逮捕されても、命を犠牲にして証しをし、サタンを辱めるつもりでした」。そう祈ると、心が落ち着き、安心できました。そして教会の仕事を手配し始めました。神のおかげで、それから1ヶ月少し経って、教会の仕事が通常通りに戻りました。この経験を通じて、人が自分の利益のために生きず、本分を尽くすとき、心から落ち着いて安心でき、良心に迷いがなくなると分かった。

恥ずべきユダになって神を裏切る行為を考えるたびに、まったく酷い気持ちになります。しかし、このように失敗して暴かれたからこそ、神の義なる性質を知り、神への畏れを感じることができたのです。神がどれだけ思慮深いかがわかりました。神が赤い大きな竜による逮捕と迫害を通じて、私の欠点を明らかにしたとき、私は初めて自分を知って嫌になり、本当に真理を追求するようになったのです。人類を救う神の働きがいかに実践的かを知りました! 神に感謝を!

前へ: 裁きの光
次へ: 交代の後

信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。

関連記事

堕落の束縛

中国 务实 2020年3月、わたしが担当する教会で選挙があり、チェン姉妹が教会指導者に選ばれました。優れた素質の持ち主だと思ったのですが、教会指導者の本分を尽くし始めたばかりで教会の仕事に慣れていないので、わたしがそこにとどまり、しばらく教育することにしました。できるだけすぐ教会…

人間の腐敗における真理に対する理解

神が人間に示した言葉の中で、私は次の節を見つけました。「かつて彼らは赤い大きな竜の子孫だと言われた。実のところ、はっきり言って彼らは赤い大きな竜の化身なのである。」(『言葉は肉において現れる』の「三十六章の解釈」より)「これは私には当てはまらない」と思いました。神はこれらの言葉を…

パリサイ人の道を歩んだことを悟る

ペテロの働きは、被造物の本分を尽くしたものである。彼は使徒としての立場で働いたのではなく、神への愛を追い求める過程の中で働いたのである。パウロもまた、働きの過程で個人的な追求が含まれていたが、彼の追求は、彼の将来への希望と良き終着点への願い以外にはなかったのである。

私はもう劣った素質を言い訳にしない

以前、私は本分を尽くしているときに困難に直面したり、働きぶりがよくなかったりするたびに、それは自分の素質があまりに劣っているせいだと考えていました。そのため、たいてい否定的、消極的な状態で生きていました。自分の劣った素質をしょっちゅう言い訳にして、難しいと感じた本分を他の人に押し…

コメントを残す