聖霊は原則に沿って働かれる

2017年12月19日

私はそれまで神様の御言葉を絶えず飲み食いしてきましたが、まったく光を感じずにいました。これについて神様に祈ったものの、それでも啓きを得ることはありませんでした。そのため私は、「神様には一人ひとりを啓かれる時期があるのだから、焦っても仕方ない」と考えていました。その後も規則に従い、焦ることなく神様の御言葉を飲み食いしながら、「辛抱強く」神様の啓示を待ちました。

ある日、私は次の神様の御言葉を読みました。「唯一あなたの心が神の前に静まっている場合のみ、あなたの真理の追求とあなたの内の性質の変化が実を結ぶであろう。なぜなら、あなたは重荷を荷って神の前に来るからである。また、あなたは、絶えず自分に至らないことが多過ぎると感じ、知るべき真理があまりにもたくさんあり、経験すべき現実があまりにも多くあり、神の意志に全ての注意を集中させる必要があると感じているからである。また、これらのことが常にあなたの心を占めており、あたかもそれらがあなたを強く圧迫し、息ができなくなるかのようである。こうして、あなたは心に重荷を感じる(しかし、これは否定的な状態ではない)。神の言葉による啓示を受け、神の霊に動かされる資格があるのは、こうした人々のみである。彼らが神の啓示と光を受けられるのは、彼らの重荷の故である。また、彼らの心は重いからである。またそれは、彼らが払った代償と、神の前で受けた苦しみのためであると言える。というのは、神は誰も特別扱いしないからである。神は人々を常に公平に扱うが、人々に供給する際は無造作ではなく、人々に無条件で与えることはない。これは、神の義なる性質の一面である」(『神の出現と働き』「神との正常な関係を築くことは極めて重要である」〔『言葉』第1巻〕)これらの神様の御言葉を熟考する中で、私は次のことを理解しました。「神様は義なる神様だ。気まぐれで人に糧を与えることはなく、無条件に授けることもない。人が神様の啓きと照らしを受けるには、神様の御前で心を静め、神様の御言葉を渇望して求める心をもたなければならない。自分のいのちのために重荷を負い、神様の御言葉の中に自身の弱さを探し求める必要がある。重荷を負いつつ、目的をもって神様の御言葉を飲み食いし、神様の御心に思いを集中し、真理をより深く探らなくてはならない。このような代価を実際に払って神様とともに働くことでのみ、神様からの啓きを受けることができるのだ」振り返ってみると、私は重荷を負っておらず、神様の御言葉を飲み食いしたいと渇望する心もまったくありませんでした。神様の御言葉の本を手に取るたび、パラパラとページをめくり、この節もあの節も読んだと確認しながら、どの節についても大体知っていると考えていたのです。よく知っている節であれば大ざっぱに読んで終わるという具合でした。神様の御言葉を飲み食いする時は、それらの文字通りの意味を理解し、いくつかの規則や実践を守ることに集中するだけで満足していました。間違いなく、私は自分が入らなければならない真理をほとんど理解しておらず、神様の心も満足させていませんでした。自分のいのちに対して重荷を全く負っておらず、十分に真理を理解していないことを心配してもいませんでした。私は神様の御言葉を飲み食いする行為を無頓着に行なっていたに過ぎなかったのです。それほど神様の御言葉に無神経な私が、どうして神様の啓きと照らしを受けられるでしょうか。本当に神様とともに働いておらず、「神様には一人ひとりを啓かれる時期というものがある」という言葉を、神様の啓示を盲目的に待つ言い訳にしていたのです。私はあまりにも無知でした。確かに、神様が一人ひとりを啓かれる時期というものはあるけれども、人間に対する聖霊の働きには原則があるということに、今ようやく気がつきました。人間自身には、神様とともに積極的に、前向きに働くことができるよう、渇望して求める心がなければいけないのです。そうして初めて、聖霊は人に働き、神様の御心に関する人間の理解を啓いて照らし、神様の御言葉の真理を理解できるようにするのです。

神様!必要な時期に私を啓き、自分の経験における逸脱に気づかせてくださり、感謝します。今日、私は向き直って、あなたと積極的かつ前向きに働き、渇望して求める心を保ち、自分の重荷を背負ってあなたの御言葉を飲み食いし、あなたの御言葉を通じて得た啓きをさらに追い求め、真理にもっと深く浸り、いのちがさらに成長することを望みます。

山東省臨沂市 秦舒婷

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