降臨した救い主は人類をどのように救うのか

2021年9月16日

救い主と言えば、終わりの日救い主がきっと降臨して人類を救うということで、信者の意見は一致しています。多くの預言にも、終わりの日に救い主が降臨するとあります。では、救い主とは誰でしょう? 教派ごとに異なる解釈があり、各宗教がそれぞれ違う説明をしています。真の救い主とは誰なのか? 真の救い主は天地と万物を創造した主、唯一の真なる神、創造主です。すべてを創造した主だけが唯一の真なる神であり、受肉した真なる神だけが、人類を救える救い主です。万物を創造した真なる神でなければ、その人物は創造主でなく人類を救えません。これははっきり理解する必要があります。いいですか、真なる神はひとりしかおらず、受肉した神だけが救い主です。受肉した真なる神だけが真理を表わし、人類を完全に救い、美しい終着点へと導けます。偽の神は数多くいて、列挙するまでもありません。しかし、真の救い主はひとりしかいません。では、この救い主はいったい誰でしょう? 2,000年前、主イエスが来てこう言いました。「悔い改めよ、天国は近づいた」(マタイによる福音書 4:17)。そして主は人の罪を贖うため、十字架にかけられ、贖いの働きを終わらせて恵みの時代を始め、人が神の前に出て祈り、神と交わり、今日まで付き従えるようにしました。これが主イエスによる贖いの働きです。主イエスは救い主であり、人のあいだに来て働きをしました。今までの話から判断すれば、救い主は誰でしょう? 人類を救うために自ら来た、受肉した神です。主イエスは贖いの働きをして人の罪を赦しましたが、人はなおも絶えず罪を犯し、真に悔い改めることができません。神の救いは人が真に悔い改めるようにするためであり、わたしたちの罪を赦してそれで終わりではありません。それゆえ主イエスは、終わりの日に再来して人類を完全に救うと約束しました。今、救い主は再来してわたしたちのあいだにいます。わたしたちが完全に神に立ち返って神のものとされ、神が準備した美しい終着点、つまり天国に入れるよう、多くの真理を表わして人を清め、わたしたちを罪から救っているのです。現在、神の声を聞いて玉座の前に引き上げられた人が世界中にいます。彼らは神に裁かれて清められ、素晴らしい証しを得ます。神によって完全にされた勝利者なのです。残念ながら、神の声を聞いたことがなく、神の出現と働きを見たことがない人がいまだ大勢います。なのでわたしたちは、救い主が人類を救う方法を今まさに証ししています。

救いの話をすると、漠然とした考え方をする人もいます。神は突然空から降臨し、信者をまっすぐ引き上げ、災難から逃れさせて天国に入らせる。これは人間の観念と想像であり、現実ではありません。大事な問題がもう一つあります。人はみなサタンに深く堕落させられ、サタンの本性があります。誰もが罪の中で生き、汚れと堕落で一杯です。本当に直接引き上げられるのか? 天国に入る資格はあるのか? 誰もがこの観念にしがみついて救い主の降臨を待つなら、それは無駄に終わるでしょう。災難に見舞われ、泣きわめいて歯ぎしりします。では、到来した救い主は人類をどう救うのでしょう? まず、わたしたちを罪から救います。主イエスが贖いの働きを行ない、わたしたちの罪は赦されましたが、その赦しにもかかわらず、いまだ罪を犯さずにはいられません。罪の束縛から逃れていないのです。これは否定できない事実です。神は聖く義です。聖なる地に現われ、汚れの地からは姿を隠します。人は聖くなく、主を見られません。罪の中で生きるわたしたちに、どうして神の国に入る資格があるでしょう? ゆえに、神は終わりの日に再び受肉して真理を表わし、裁きと刑罰の働きをしています。人を完全に清め、罪とサタンから救うために。まさに全能神が言われる通りです。「イエスは人間のあいだでたくさんの働きをしたが、全人類の贖いを完了して人の贖罪のためのささげものとなるだけだった。人から堕落した性質のすべてを取り除くことはなかったのである。サタンの影響から完全に人を救うためには、イエスが贖罪のささげものとして人の罪を引き受けることが必要だっただけではなく、神にとっても、サタンによって堕落させられた人の性質を完全に取り除くためにもっと大きな働きを行うことが必要だった。そこで、人が罪を赦された後、神は人を新しい時代に導くために人間の姿に戻り、刑罰と裁きの働きを開始し、この働きは人をより高い領域に連れてきた。神の支配の下に従う人々はすべてより高い真理を享受し、より大きな祝福を受けるだろう。彼らは本当に光の中に生き、真理、道、いのちを得るだろう」(「序文」『言葉は肉において現れる』)。

救い主はすでに来ています。主イエスは受肉した全能神として、肉において再来しました。全能神は人類を清めて救うすべての真理を表わし、神の家から始まる裁きの働きを行ないました。いかに偉大で有名でも、肉における神以外に真理を表わし、人類を救える人はいません。地に降り立つ受肉した神だけがキリストであり、救い主なのです。「キリスト」とはどういう意味でしょう? それは救い主を意味します。ならば、全能神、終わりの日のキリストは人類を清めて救うべく、どう裁きの働きを行なうのでしょう?

全能神はわたしたちにこう告げています。「終わりの日のキリストはさまざまな真理を用いて人間を教え、人間の本質を明らかにし、人間の言動を解剖する。そのような言葉は、人の本分や、人はいかに神に従うべきか、人はいかに神に忠実であるべきか、いかに正常な人間性を生きるべきかや、また神の知恵と性質など、さまざまな真理を含んでいる。これらの言葉はすべて人間の本質とその堕落した性質に向けられている。とくに、人間がいかに神をはねつけるかを明らかにする言葉は、人間がいかにサタンの化身であり、神に敵対する力であるかに関して語られる。神は裁きの働きを行うにあたって、少ない言葉で人間の本性を明らかにすることはない。むしろ長い期間にわたり、それをさらけ出し、取り扱い、刈り込む。こうしたさまざまな方法のさらけ出し、取り扱い、刈り込みはどれも、通常の言葉が取って代わることはできず、人間が一切持ち合わせていない真理でなければ取って代われない。このような方法のみが裁きと呼ばれることができる。このような裁きを通してのみ人間は屈服し、神について徹底的に納得し、さらに神についての真の認識を得ることができる。裁きの働きがもたらすのは、神の真の顔と人間自らの反抗的性質についての真相を人が認識することである。裁きの働きにより、人は神の心、神の働きの目的、人には理解することのできない奥義についてかなり理解できるようになる。また、それにより人は自分の堕落した本質と堕落の根源を認識し知るようになり、人間の醜さを発見する。これらの効果はすべて、裁きの働きによりもたらされる。それは、実際に、この働きの本質は神を信じる人すべてに神の真理、道、いのちを開く働きだからである。この働きが神による裁きの働きである」(「キリストは真理をもって裁きの働きを行う」『言葉は肉において現れる』)。

終わりの日、神は真理を表わし、わたしたちの罪深い本性を暴くことで人類を救います。それにより、わたしたちは罪深さの根源と、サタンによる堕落の真相を認識できます。ひとたびそれを認識すると、心から後悔し、自分を嫌って憎めるようになります。そして真に悔い改め、真理を理解して得ることだけを望みます。真理を実践できるようになると、神への服従の仕方もわかります。真理を理解し、神の言葉と真理に沿って生きるので、いのちの性質が変わり始めます。神の言葉の裁きを絶えず経験することで、最後は堕落した性質を清められます。これが完全に救われた人であり、神が人に用意した美しい終着点に入れます。全能神の言葉の裁きと刑罰を受け入れる必要があるのはそのためです。真に悔い改めて変化し、神に従い神を崇める人にならなければなりません。これだけが真の救いであり、わたしたちは天国へ入るのにふさわしくなれます。

ここで、絶対に理解すべきことがあります。神だけが、救い主だけが人類を救い、その美しい終着点に導けるということです。この神、この創造主は今日に至るまでずっと、人類を導いて救うべく、言葉を語って働きをしてきました。聖書全体は神の出現と働きの証しです。そこには、天地と万物は神によって創られたという証しがあり、創造主の出現と働きを証ししています。わたしたちのあいだに来る、この唯一の受肉した真なる神だけが救い主であり、人類を救えます。この救い主は肉における神で、真理を表わすはずです。これが唯一の真なる救い主です。真理を表わせない、いわゆる救い主は、人を騙す悪霊です。人に崇められ、皇帝によって死後神にされた有名人など、偽の神は多数います。これは筋道が通っているでしょうか? これらの人たちは堕落した人間に過ぎず、死ぬと地獄に行きます。いったい誰を救えるでしょう? 自分さえも救えず、神は彼らの罪を懲罰します。彼らが人類を救えるでしょうか? 皇帝たちははるか昔に死んでおり、今はみな地獄にいます。皇帝に定められた偽の神は決して人類を救えません。何があっても偽の神を信じてはいけません。それは馬鹿げた無知なことであり、必ずやあなたを滅ぼします。救い主は受肉した神で、真理を表わすはずだということを忘れないように。これはひとえに神に由来します。真理を表わせない、いわゆる救い主はどれも偽物で、人を道に迷わせます。肉における神でないのに、自分は神だと言い張る人はどれも偽キリストであり悪霊です。彼らは救い主でなく、人類を救えません。サタンと悪霊はみな神の振りをしますが、それでも万物の創造主だと言い張ることはせず、人を創ったなどとは主張しません。また、人の運命を支配できるなどとも言いません。あちこちで多少のしるしや奇跡を示し、人を迷わせ自分に従わせるだけです。これら偽の神や悪霊はみな、人を惑わし堕落させる悪魔です。創造主、唯一の真なる神の敵であり、神から人類を奪おうとしています。ゆえに、これらの悪魔や悪霊はみな神の宿敵であり、神に嫌われ呪われています。これらの悪魔や悪霊を崇める人はみな、神に呪われ滅ぼされます。全能神は言われます。「古い世界が存続する限り、わたしは国々の上に怒りを投げつけ、わたしの行政命令を全宇宙に公布し、違反する者には刑罰を下す。わたしが全宇宙に面と向かって話すと、人間はみなわたしの声を聞き、そこで、わたしが全宇宙で行なってきたすべての働きを見る。わたしの旨に逆らう者、つまり、人間の行ないでわたしに敵対する者は、わたしの刑罰を受けて倒れる。わたしは天の無数の星々を取ってそれらを新しくし、またわたしのおかげで、太陽と月は新たになる――空はもはや以前の空ではなく、地上の無数の物事が新たになる。すべては、わたしの言葉により完全になる。全宇宙の多くの国々は新たに区切られ、わたしの国に置き換わる。それにより、地上の国々は永遠に消え去り、すべてがわたしを崇める一つの国になる。地上のすべての国々は滅ぼされ、存在しなくなる。全宇宙の人間のうち、悪魔に属する者はみな、滅ぼし尽くされる。サタンを崇める者はみな、わたしの燃える炎に倒れる――つまり、今、流れの中にいる者以外は、みな灰になるのだ。わたしが多くの民を罰するとき、宗教界にいる者は、わたしの働きによって征服され、程度の差はあれ、わたしの国に戻る。彼らは聖なる方が白い雲に乗って降臨するのを見たからである。すべての人がその種類に応じて選り分けられ、それぞれの行いにふさわしい刑罰を受ける。わたしに敵対した者たちは、みな滅びる。地上での行ないがわたしと関わりのなかった人たちは、自分たちの振る舞いのために、わたしの子らとわが民による支配の下、地上で存在し続ける。わたしは無数の人々と無数の国々にわたしを現わし、自ら地上に声を発してわたしの大いなる働きの完了を告げ、全人類が自分の目でそれを見られるようにする」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」「第二十六章」)。

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