死の淵からの生還

2020年8月10日

全能神は言われます。「神が人の心にいないことは決してなく、常に人の中に生きている。神は人の生活の原動力であり、人の存在の根幹であり、誕生後の人の存在にとっての豊かな鉱床である。神は人を生まれ変わらせ、人が自分のすべての役割をしっかり生きられるようにする。神の力と、消えることのない神のいのちの力のおかげで、人は何世代も生きてきた。その間ずっと、神のいのちの力は人の存在の支えであり、神は普通の人間が誰も払ったことのない代価を払ってきた。神のいのちの力は、いかなる力にも勝る。そのうえ、いかなる力をも超越する。神のいのちは永遠であり、神の力は非凡であり、神のいのちの力はいかなる被造物や敵の力によっても圧倒されない。時や場所に関係なく、神のいのちの力は存在し、明るい輝きを放つ。天地は激変するかもしれないが、神のいのちは永遠に不変である。万物は過ぎ去るかもしれないが、神のいのちは依然として残る。神は万物の存在の源であり、それらの存在の根幹だからである」(『言葉は肉において現れる』)。以前この御言葉を読んだ時、理屈は理解しましたが、それは真の理解や認識ではありませんでした。その後、私は中国共産党に逮捕・迫害され、ひどい拷問を受けた。サタンに何度も痛めつけられた私を死の淵から救ったのは、神の御言葉でした。神の驚くべき業を目にし、御言葉の権威が万物を超越する経験をして、神を多少理解し、信仰を深めることになったのです。

あれは2006年のこと、私は教会で御言葉の書籍を印刷する仕事を担当していました。本の配達の途中、配達担当だった兄弟姉妹の何人かと印刷会社の運転手が警察に逮捕され、『言葉は肉において現れる』が1万部すべて押収されました。運転手の自白により、さらに十数人の兄弟姉妹が逮捕されました。この事件は2つの省にまたがり、中央委員会が乗り出してきました。共産党政府はその後、私が教会指導者だと突き止め、武装した警官隊を送り込み、私の担当範囲の捜査を行いました。その時、協力していた印刷会社から、車2台とトラック1台、現金65500元が押収され、さらに配達を手伝った兄弟姉妹から3000元以上が押収されました。その後、私は2度の家宅捜査を受け、その度にドアが壊されました。手当たり次第に物を壊され、彼らが去った後はひどい有様でした。私は逮捕されなかったものの、共産党は私の隣人や私と付き合いのある人たちを捕らえ、私の居場所を吐かせようとした。

私は共産党による逮捕と迫害を逃れるため遠方の親せきの家に逃亡しました。しかし、その家に到着して3日目の夜です。私の町の警察が、武装した地元警察や刑事警察と協力し100人以上で親せき宅を隙間なく包囲し、その後突入してきました。十数人が私の頭に銃を向け、「少しでも動いたら撃つ!」と一人が叫びました。そして大勢で私に手錠をかけようとし、右腕を肩の後ろにひねり上げ、左腕を後ろから引っ張ったが、手錠をかけられず、背中を足で抑えて私の腕を上げ手首に無理やり手錠をかけたのです。耐えられない痛みでした。そして私が所持していた650元を奪うと、教会の資金はどこだ、すべて渡せと言うのです。本当に腹が立ちました。なにが「人民警察」だ! 集会に行き、御言葉を読み、本分を尽くしただけの私を逮捕するためにこんなに大勢を動員し教会の財産を奪おうとしている。冗談もはなはだしい。口を開かない私に警官が2発張り手を喰らわせ、蹴り倒すと、警官たちが一斉に私をボールのように蹴り出し、痛みで気を失いました。気が付くと、私の町に戻る車に乗せられていました。体には重い鎖がつけられています。一方は首、もう一方は足につながっていて、背中を丸め、首を下に向け、倒れないよう胸と頭を必死で支えました。その苦しむ姿を見て警官たちは笑い、あざけりました。私がこのような扱いを受けるのは、全能神を信仰しているから。恵みの時代の神の御言葉が頭に浮かびました。「もしこの世があなたがたを憎むならば、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを、知っておくがよい」(ヨハネによる福音書 15:18)。辱めを受けるほどに、彼らの醜さと、神を嫌悪する邪悪なサタンの本性がはっきりと見てとれ、彼らへの憎しみが増した。私の心を守ってくれるよう心の中で神に祈り続けた。どんな拷問にも耐え、証を立て、サタンに打ち勝てるよう。祈りの後で神の御言葉を思いました。神は言われます。「わたしの中で静まりなさい。わたしはあなたの神、あなたがたの唯一の贖い主であるのだから。あなたがたはいかなる時も心を静め、わたしの中で生きなければならない。わたしはあなたの岩、あなたがたの支えである」(『言葉は肉において現れる』)。人の全ては神の支配と采配の中にあり、人の生死は神が決めるのです。全能神の後ろ盾があれば、何も怖くない。こう考え、信仰心を新たにし、神に身を任せ、辛い拷問に臨もうと決めました。

何度も痛みに気を失いながら、18時間を超える移送を耐えました。私の町の拘置所に着いたのは午前2時過ぎでした。全身の血が凝り固まったようで両手両足が腫れ上がり、感覚は無く、動かすことさえできません。「あいつ死んだか?」という話し声が聞こえた後、鎖を引っ張られ引き倒されました。手錠の歯が肉に深く食い込むのを感じました。車から乱暴に引きずり出されると、地面に投げ捨てられ、痛みのあまり気絶した。しかしすぐに警官に蹴り起こされ、死刑囚の監房に入れられました。次の日、十数人の武装警官とともに拘置所を出て郊外の人里離れた場所へと連行されました。高い壁に囲まれた中庭があり、厳重に警備されているようでした。武装警官がいて、看板には「警察犬訓練基地」とあった。部屋に入り、用意された拷問器具を見て、血の気が引きました。まず、中庭の真ん中でじっと立っていろと命令された。すると、4頭のどう猛な犬を檻から出し私を指さして命令したのです「殺せ!」と。4頭が一斉に荒々しく向かってくるのを見て、思わず目をつぶった時、頭の中で「ぶーん」という音がした。ただひたすらに「神よ! 助けてください!」と心の中で神の名を呼び続けた。しばらくしてあることに気づいた。犬たちは私の服を噛んでいるだけで、私はまったく無傷なのです。私の肩にもたれて匂いを嗅ぎ、顔をなめる犬もいました。やはり私を傷つけようとしません。突然、聖書の預言者ダニエルのことを考えました。神を崇拝した罪で獅子の寝床に入れられた時、神は天使を送ってライオンの口をふさぎ、飢えた獅子からダニエルを守った。それを思い、信仰が深まりました。すべては神の手中にあるのです。私の生死を決めるのは神だ。「神が信仰のために命を落とせと仰るなら栄誉なこと。不満はない」と思った。死ぬことにとらわれず、証しのために命を捧げる覚悟を決めた時また驚くべき神の業が。警官たちは「殺せ! 殺せ!」叫んでいるが犬たちはこちらへ来ると私の服を噛み匂いを嗅ぎ、私をなめ、走り去った。警官は犬たちを止め、攻撃するようけしかけるが犬は散り散りになってそのまま走り去り、噛みつきません。警官が不思議そうに「噛まないなんて変だ!」と言った時次の神の御言葉を思いました。「人の心と霊は神の手中に握られており、人の生活の一部始終が神の目に見られている。あなたがこのことを信じているかどうかにかかわらず、生きているものであれ死んでいるものであれ、万物は神の思いによって移ろい、変転し、新しくされ、消滅する。これこそが神が全てのものを統治する方法である」(『言葉は肉において現れる』)。警察犬に囲まれても無傷でいられたのは、神が静かに私を守り、その全能性と驚くべき業を示したから。信仰はさらに深まりました。

目的を果たせないのを見て、警官らは私を拷問室に連れて行き、手錠で壁から吊るしました。手首がちぎれたかのような鋭い痛みを感じました。警官は休むことなく殴る蹴るの暴行を始め、一人が疲れると、別の人間が代わります。全身が青黒く腫れ、血が大量に流れます。夜が来ても解放されず、少しでも目を閉じると、すかさずスタンガンを当てられました。ある警官は殴りながらこう言った。「誰かがお前を気絶させたら、同じ方法で起こしてやる!」サタンがあらゆる残忍な拷問で屈服させようとしているのだとわかった。精神が崩壊するまで痛めつけ、思考力を奪い、教会について口を割らせ、兄弟姉妹を逮捕し、教会の資金を押収するためだ。歯を食いしばり、痛みをこらえ、自分を奮い起こした。「首を吊られてもサタンになど負けない!」次の日の夜明けまで拷問は続き、すべての力を奪われ、死んだほうが楽だと感じ、これ以上持ちこたえる気力もなかった。心の中で神の名を呼び続けた。「神よ! 私の肉体は弱く、これ以上は耐えられません。息のあるうちに、意識のあるうちに、魂を取り去ってください。ユダのような裏切り者にはなりたくありません」。祈りの後、次の御言葉を思いました。「今回の神の働きにおいて神は肉となり、そしてさらに、赤い大きな竜の住み家で生まれるので、今回地上へ来たことで、神は以前にも増して非常な危険に直面するということである。神が直面するのはナイフと銃、そしてこん棒である。神が直面するのは試みである。神が直面するのは殺意に満ちた顔つきをしている群衆である。神は今すぐにも殺される危険を冒している」(『言葉は肉において現れる』)。創造主である神は、至高で尊い。これまでに2度受肉し、真理を表し人類を救うため、大きな屈辱に耐え、常にサタンに追われ、迫害され、宗教界からは非難と拒絶を受け、どちらの時代にも拒絶され、ひどく苦しんだ。神の愛に深く感動した私は、心を決めました。「息絶えるまで証を立て、サタンを辱めてやる!」長いこと何か言うことも、慈悲を乞うこともなかったので、このまま死なせたら報告できなくなると思った警察は、殴るのをやめ、私を壁に吊るしたまま2日も放置しました。

低い気温のなか、私は薄着でしかも全身濡れていました。その上何日も食べていない。もう耐えられないと思った。その時警察が別の手段に出たのです。心理学者を呼び私の思想を変え、洗脳しようとしました。こう言われた。「あなたは若く、親も子もいる。指導者や他の信者は、君が逮捕されてもまったく気にかけていないよ。彼らのためにここまで苦しむなんて馬鹿げているのでは?」戯言を聞かされ、思いました。「兄弟姉妹がここに来たら、自ら捕まりにくるようなものだ。そんな嘘で私を騙し兄弟姉妹との関係を使って私が神を誤解し、責め、拒絶するよう仕向けているな。そうはいくか」。私は、神の御加護によりサタンの策略を見抜いたのです。心理学者は首を振り言いました。「こいつは救いようがない。どうしたって口を割らないだろう。強情な男だ」。そして首を振り、すごすごと立ち去りました。

作戦に失敗し、警察はまた本性を表し、私を吊り上げたまま丸一日放置した。その夜、頭の先からつま先まで寒さに震え、手はもげ落ちそうなほど痛み、意識がもうろうとし、もうだめだと思ったその時、大勢の警官が一斉に飛び込んできて、それぞれ手に持った1メートルほどの棒で私の膝と足首を激しく叩き始めた。体をつねり上げる者もいました。痛くて死にたいと思った。そしてついに、耐えきれなくなり、泣き出してしまった。神への裏切りが頭をかすめた。兄弟姉妹のことには触れず、自分の信仰について話せると思った。私が泣き出したのを見て、警察は私を下ろし、横たわらせ、水と少しの休息を与えた。そして記録のため、用意していた紙とペンを取り出した。サタンの誘惑に引き込まれ、まさに神を裏切ろうとしたその時、突然この御言葉が頭に浮かんだのです。「患難の時にわたしに全く忠誠を示さなかった者にわたしはもはや憐れみは与えない。わたしの憐れみはそこまでしか届かないからである。さらに、わたしは、かつてわたしを裏切った者は誰も好まず、ましてや友の利害を裏切る者と係ることを望まない。これがわたしの性質である。……わたしを悲しませる者は誰であれ、再びわたしから寛容な扱いを受けることはない……」(『言葉は肉において現れる』)。これにより、神の性質がどんな背きも許さないこと、裏切り者は決して神の慈悲を受けられないことに気づいた。突然頭がさえ、銀30枚で主イエスを裏切ったユダのことを考えた。ひと時の肉体的な安らぎのために神を裏切るのか? ここで御言葉の導きと啓きを得ていなければ私は神を裏切り、永遠に罪を非難されたでしょう! 讃美歌の一節を思いました。「頭が割れ血が流れても、神の民の気迫は失われない。神の言いつけを胸に、私は悪魔であるサタンを辱めてみせる」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』)。心の中で静かに口ずさむと、信仰が大きくなった。私の生死は神の手にある。その采配に従うべきだ。呼吸が続く限り、神の証を立て、共産党の悪魔には屈しない!

微動だにせず横たわる私に、警官が甘い言葉をかけ続けます。「これほど苦しむ価値があるのか? 悪事を償うチャンスをやるから、知っていることを話せ。お前が話さなくても、こっちは全部知ってる。目撃者も証拠もたくさんあるから、起訴して有罪にできるぞ」。あらゆる手段を使い、神を裏切り仲間を売るようけしかける警察に怒りが抑えきれず怒鳴りました。「全て知ってるならなぜ聞く。たとえ知っていても絶対に話さない」。警官は激怒し言った。「今日中に話さないなら死ぬぞ。生きてここから出られると思うなよ」。私はこう返した。「捕まった時点で生きて帰ろうなんて思っていない!」怒った警官に腹を蹴られ内臓を引き出されるような感じがした。再び取り囲まれ、殴る蹴るの暴行が始まり痛さに気絶しました。気が付くと前よりも高く吊り上げられていました。全身が腫れあがり、話すこともできないが、神の御加護のおかげで、痛みは感じなかった。夜になり、見張りの警官4人が、あちこちで眠り始めました。すると突然手錠がひとりでに開き、私は何かに支えられるように地面にふわりと着地しました。自分の身に起きていなければ、とても信じられません! そして投獄されたペテロが、主の使者に救われたことを思いました。あの時、勝手にペテロの鎖が外れ、牢の扉が開いたのです。まさか自分が、ペテロと同じ神の驚異を経験したとは。神による引き上げと祝福を心から感じました。激しく感動し、すぐに跪いて感謝の祈りを捧げた。「神よ、あなたの慈悲と思いやりに感謝します。サタンの拷問に何度も命を失いかけてもあなたはその度に静かに私を守ってくれた。あなたの全能性と驚異を示してくれた」。この祈りに心が震え、体中が暖かいもので満たされました。立ち上がり歩き出そうとしても手足が動かなかったので、逃げ出さずに、床の上で眠り、次の日、警官に蹴り起こされました。邪悪な警察はまた別の方法で拷問を始めます。別の部屋に移されて電気につながれた「虎の椅子」に座らされ、首と頭には鉄の器具が装着され、身動きできないよう両手を拘束されました。私にできることは、静かに祈ることだけ。そして通電のスイッチが入った時、十数人の警官が一斉にこちらを向きました。私が感電する様子をみるためです。私が反応しないので、彼らは驚いていた。すべての配線を確認しても、私が反応を示さないので一人が言いました。「椅子が壊れてるのか? なぜ効かない?」そして何も考えず、私に触れると、そのとたん、バチっと強い電流が流れた。その男は後ろに吹き飛び、床に転がって痛みに泣き叫びました。他の警官たちは恐怖のあまり一斉に逃げ出し、一人は慌てるあまり躓いて転んだ。しばらくすると2人が戻ってきて、感電の恐怖に震えながら、私の拘束を解きました。私はその椅子に30分も座っていましたが、まったく電流を感じず、普通の椅子に座っているようでした。これも神の驚くべき業です。深く感動した私は、何もかも、たとえ命さえも失ってもいい。そう思いました。神がそばにいてくれれば、それで十分です。

その後私は拘置所に戻されました。手足には耐えきれないほどの激痛が走り、全身は傷だらけ。弱って力が入らず、座ることも立つことも食べることもできず、ただ横たわっていました。同室の死刑囚の男が、私が口を割らなかったと知り、尊敬した様子でこう言いました。「君たち信仰者は真の英雄だ!」私は心の中で、祈りを捧げ神を称えました。警察はその後、他の囚人たちを使って私を痛めつけようとしたが、驚いたことに彼らは私の味方となり、こう言って私をかばった。「この男は神を信仰し、悪事を犯していない。これ以上拷問すると死ぬぞ」と。混乱を恐れた警察は何も言わずにすごすごと引き下がりました。

行き詰った警察はまた別の手を出してきました。拘置所の看守と結託し、私に多くの作業を与えました。毎日、死者のために燃やす冥銭を2束作らされた。一束はそれぞれ1600枚ものアルミ箔とフラッシュペーパーから成り、これは他の受刑者の倍の労働量だった。両手が痛くて何も持ち上げられず、夜通し作業してもとても終わる量ではなかった。警察はこれを私に懲罰を与える口実にし、零下20度という寒さの中、冷たいシャワーを浴びせたり、徹夜で作業させたり、長時間の見張りをさせた。毎日の睡眠時間は3時間にも足りません。拘置所での過酷な日々は1年8カ月も続いた。そして証拠もないまま共産党に起訴され、「邪教組織を使って法律の施行を妨害した」罪で、懲役3年の判決を受けました。出所後も地元警察の厳しい監視下に置かれ、自由に外出もできず、呼び出されれば即出頭。個人の自由などありません。集会にも行けず、本分にも取り組めず。私にとっては本当に辛かった。共産党に常に監視され被造物としての本分を尽くせないなんて、死んでいるも同然では? そう考えた私は町を去り別の土地に移り、ついに本分を尽くせるようになったのです。

共産党の厳しい迫害は脳裏に焼き付いています。下劣な顔、神への邪悪な反抗心、人を傷つけるやり方を心から憎らしく思うこと、神の驚くべき業、全能性と統治を経験したことも。サタンの手中から逃げ出せるよう私を守り、死の淵から救ったのは、神の驚異的な行いだった。共産党の残酷な迫害の間、私は神の御言葉に導かれ、神の生命力に支えられ死を免れた。これにより私の信仰心は深まった。神に感謝! 全能神に栄光あれ!

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